発売日: 2007年6月4日
ジャンル: ポップロック、アート・ポップ、アダルト・コンテンポラリー、ロック
『Memory Almost Full』は、Paul McCartney が2007年に発表したアルバムである。
前作『Chaos and Creation in the Backyard』で、
ナイジェル・ゴッドリッチによって“職人的な研ぎ澄まし”を経験したポールは、
その反動もあってか、本作では より自由で開放的な創作姿勢 を取っている。
本作は、制作プロセスが非常にユニークだ。
今回のプロデューサーは、
The Smiths や U2 との仕事で知られる David Kahne。
制作時期は『Chaos〜』よりも実は早く、
“先に作られて後からリリースされた”という珍しい経緯を持つ。
そのため本作は、
『Driving Rain』の自由さ、
『Chaos〜』の内省的な叙情、
そして新しいポールのポップ性が
奇妙に混ざり合った作品となっている。
また2000年代中期は、
・Heather Mills との関係が激しく揺れ、
・私生活が大きな変動期にあり
その心情もアルバムに影を落としている。
しかし本作は単なる私小説ではなく、
人生を振り返るような視線と、
それでも前へ進む強さが共存した“成熟のポップ” なのだ。
躍動、回想、疲労、希望——
そのすべてが入り混じった、
中期ポールの重要作と言える。
全曲レビュー
1曲目：Dance Tonight
マンドリンが心地よく鳴り響く、温かいオープニング。
軽やかで素朴な雰囲気の中に、どこか懐かしさが漂う。
2曲目：Ever Present Past
本作の代表曲で、“過去と現在の同居”がテーマ。
切れ味のあるギターと軽快なテンポが、
前向きなノスタルジーを生み出す。
3曲目：See Your Sunshine
明るく甘いメロディだが、
制作背景を知ると一層複雑な響きを持つ。
喜びと不安が微妙に同居する独特のポップ。
4曲目：Only Mama Knows
ロック色の強い曲で、
勢いのあるバンド演奏がアルバムに活気を与える。
5曲目：You Tell Me
静かで丁寧に語りかけるようなバラッド。
過去の温かい記憶をそっと確認するようなメロディが印象的。
6曲目：Mister Bellamy
奇妙でアートポップ的な楽曲。
ユーモアと不安が入り混じる、ポールらしい実験的小品。
7曲目：Gratitude
壮大でソウルフルな曲。
“感謝”というシンプルなテーマが胸に残る。
8曲目：Vintage Clothes
軽やかでレトロな雰囲気を持つポップソング。
人生を振り返りながら前へ進む感覚が美しい。
9曲目：That Was Me
自身の若き日の記憶を歌う、“自分史ポップ”。
語り口が自然で、年代を超えて響く温かさがある。
10曲目：Feet in the Clouds
繊細で、ややメランコリックなアレンジ。
“上手くいかない人生の瞬間”を振り返るような視線がある。
11曲目：House of Wax
本作のダークハイライト。
重厚でスケールのあるバラッドで、
内面の深い影を静かに炙り出す名曲。
12曲目：The End of the End
自身の死生観を穏やかに歌った重要曲。
明るさと悲しさが共に存在し、
ポールの人生観が最も純度高く表れる瞬間。
13曲目：Nod Your Head
短く勢いに満ちたロック。
アルバムを軽く締めるエネルギッシュなラスト。
総評
『Memory Almost Full』は、
Paul McCartney の人生を俯瞰しつつ、
“それでも前に進む力”が強く感じられるアルバムである。
特徴を挙げると、
- 私生活の揺れを反映した“複雑な明るさ”
- 自己回想的な歌詞
- ロックとポップが混ざる自由な構成
- 前作よりも明確に外向きなサウンド
- 長いキャリアの一つの到達点としての深い視点
本作は“回顧録”のようでありながら、
決して後ろを向き続けてはいない。
過去を見つめ、それでも前へ歩くポールの姿勢が
アルバム全体を支えている。
同時代の作品では、
・Bob Dylan の回顧的作品群
・Neil Young の内省期
・Beck『The Information』のアートポップ性
と比較すると面白いが、
本作はより“ポールの人生そのもの”に寄った普遍性を持つ。
『Chaos〜』が“内面の静かな研ぎ澄まし”なら、
『Memory Almost Full』は“人生を総覧する光と影”のアルバムである。
おすすめアルバム（5枚）
- Chaos and Creation in the Backyard / Paul McCartney
内省と職人性の頂点。本作と並ぶ2000年代の傑作。 - Flaming Pie / Paul McCartney
成熟と温かさが本作への前段階として重要。 - Egypt Station / Paul McCartney
後年の自由度の高いポップセンスの源流として。 - Bob Dylan / Time Out of Mind
人生の影と向き合う視点が共通。 - Neil Young / Prairie Wind
加齢と回想をテーマにした対比が面白い。
制作の裏側（任意セクション）
『Memory Almost Full』は、
カオティックな私生活と創作意欲の再爆発が交差する時期だった。
制作は、
・『Driving Rain』後の自由なジャム的手法
・『Chaos〜』の職人的集中
これらが複雑に絡み合いつつ進行した。
特に「The End of the End」では、
ポールが自らの死について落ち着いた口調で語る姿が印象的で、
“人生の終わりもまた祝福の瞬間であるべきだ”という思想が表れている。
また「House of Wax」の重厚なサウンドは、
ポールの深い感情の層を象徴するようなトラックで、
本作の中核をなす存在でもある。
『Memory Almost Full』は、
回想と前進、光と影、過去と未来が共存した、
極めてポールらしい成熟の作品である。
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