発売日: 1996年6月18日
ジャンル: ロック、オルタナティヴ・ロック、アート・ロック
『Gone Again』は、Patti Smith が1996年に発表したアルバムである。
本作は、長い沈黙期間を経て“パティ・スミスの復帰作”として位置づけられ、
70年代のパンク／アートロックの象徴としての彼女が、
新たな時代の風景に再び立ち上がる瞬間を刻んだ極めて重要な一枚である。
80年代後半、パティは夫のFred “Sonic” Smithとの生活に重心を置き、
音楽活動から事実上離れていた。だが90年代前半、相次いで家族や友人を失う喪失の連続が訪れる。
夫の死、兄の死、盟友Robert Mapplethorpeとの別れ——。
『Gone Again』はこうした痛切な喪失を経て生まれた作品であり、
その背景を理解するとアルバム全体の気配がより深く感じ取れる。
サウンドは過度に装飾されず、むしろ70年代の彼女の原点へ回帰するように、
生々しいバンドアンサンブルが中心である。
しかし、それは懐古ではなく、
失われたものに正面から向き合い、静かに受け止めるための“祈りの音”のようにも思える。
90年代オルタナティヴの潮流と呼応しながらも、
パティの詩と声は依然としてどの時代にも属さない独自の強度を持ち続けている。
『Gone Again』はヒット作という枠を超え、
“深い喪失をどう生きるか”という普遍的テーマを音楽へ変換した作品であり、
時代を映す記録としても揺るぎない価値を持っているのだ。
全曲レビュー
1曲目：Gone Again
静かなギターと語りかけるような歌が、深い孤独を抱えたまま歩き出す主人公像を描く。
冒頭曲として、喪失と再生の物語の扉をそっと開く役割を担っている。
2曲目：Beneath the Southern Cross
精神世界へのまなざしが強い曲で、コーラスの広がりが神聖さを帯びる。
南十字星という象徴を通じて、死者と生者のつながりを語るような詩が印象的。
3曲目：About a Boy
Kurt Cobain への追悼曲として知られる。
優しくも悲しみに満ちた旋律が、若い魂への祈りそのもののように響く。
編曲はシンプルで、言葉の重みがより明確に浮き上がる。
4曲目：Stay
温かいアコースティック中心のアレンジで、
別れの中に残る“寄り添う気持ち”を丁寧に描いている。
アルバムの柔らかな質感を象徴する楽曲。
5曲目：You’re a Million
軽やかなリズムに乗りつつ、どこか過ぎ去った日々への郷愁を滲ませる。
単純なポップではなく、余白の多いサウンドが美しい。
6曲目：Ravens
陰影のあるコードと淡々とした歌唱が、不吉さと静けさの境界を歩くような雰囲気をつくる。
アルバム全体の“死の影”を象徴する楽曲である。
7曲目：Fireflies
短いながらも、詩的な光が浮かび上がる小品。
光と闇、記憶と忘却といったテーマが静かに交差する。
8曲目：Gone Pie
温度の高いバンドサウンドが戻り、アルバムの中盤を大きく動かす。
喪失を超えていこうとする力が、音から立ち上がってくる。
9曲目：Jackson Song
亡き夫Fred “Sonic” Smithとの思い出を描いた深い愛情の歌。
シンプルな伴奏が、言葉の一つひとつを抱きしめるように支えている。
10曲目：People Have the Power（Live）
希望と連帯を掲げた代表曲のライブ版。
スタジオ音源よりも生々しさが強く、
アルバムに“未来への灯”のような余韻を付け加えている。
総評
『Gone Again』は、Patti Smith のキャリアにおける第二章の始まりを告げる作品である。
70年代のパンク／アートロックの象徴として多くを切り開いた彼女が、
長い沈黙の後に再びマイクの前に立ったという事実だけでも重みがあるが、
本作の本質は“帰還の理由”に宿っている。
それは、喪失である。
家族と友人を続けて失い、否応なく死と向き合わされた中で、
パティはふたたび「歌う」ことへ戻ってきた。
歌うことが祈りであり、記憶であり、再生のための行為であることを、
本作は極めて静謐に、しかし強靭に証明している。
サウンド面では、90年代オルタナの潮流と自然に同調しつつ、
パティ・スミスならではの語りと詩性が前面に出た構成になっている。
同時代のアーティスト、たとえば
・Nirvana や Hole が提示した“痛みのロック”
・R.E.M. が描いた“静かで思索的なオルタナ”
・Pearl Jam が持つ“人間的な温度”
これらと比較してみると、『Gone Again』はより“祈り”の方向へ傾き、
精神性の高さで際立っている。
また、制作にはLenny Kaye やTom Verlaine など、
70年代からの盟友たちが集結しており、
“帰るべき場所に戻ってきた”ような空気がサウンドに宿る。
決して派手ではないが、長く残る、深い作品である。
現在も『Gone Again』が聴き継がれている理由は明確で、
喪失や別れを抱えた人々が、自分の声を取り戻すための
静かな支えとなりうるアルバムであるからだ。
時代やジャンルを超えて響く普遍性が、ここには確かに存在している。
おすすめアルバム（5枚）
- Horses / Patti Smith
詩とロックの融合という原点。 - Easter / Patti Smith Group
パンクの衝動とポップ感覚を兼ね備えた代表作。 - To Bring You My Love / PJ Harvey
内面と痛みに向き合う強い作品として共鳴する。 - Automatic for the People / R.E.M.
死や喪失を静かに描いた90年代の重要作。 - Live Through This / Hole
同時代の“痛みを抱えたロック”として比較しやすい。
制作の裏側（任意セクション）
『Gone Again』のレコーディングは、
パティが失った家族や友人への追悼としての意味合いを強く持っていた。
実際、「About a Boy」は Kurt Cobain の死に触発され、
「Farewell Reel」では亡き夫 Fred Smith がアコースティックギターで参加している。
また、制作時には70年代からの仲間が多数参加し、
Tom Verlaine（Television）、John Cale、Jeff Buckley など
時代を超えた面々が集結した。
特にジュフ・バックリーの参加は、作品にさらなる深みを与えており、
若く繊細な声がアルバムの霊性と完璧に溶け合っている。
録音はあえて過度な装飾を避け、
“その瞬間の感情”を閉じ込めることを優先したとされる。
その結果、粗さや静けさがそのまま作品の核心となり、
感情のリアルな手触りが残っているのである。
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