
発売日: 1997年5月5日
ジャンル: ポップロック、アダルト・コンテンポラリー、フォークロック、サイケデリック・ポップ要素
『Flaming Pie』は、Paul McCartney が1997年に発表したアルバムである。
1990年代のポールは、ツアー活動と家族との生活を軸に、比較的落ち着いた創作期を迎えていた。
その流れを大きく変えたのが、1995年〜1996年にかけて制作された
『The Beatles Anthology』プロジェクトである。
膨大なビートルズ音源と向き合う過程で、
ポールは自らの音楽の原点を再認識した。
そして誕生したのが、本作『Flaming Pie』であり、
ポール自身が“自分にとっての原点回帰”と語るほど
ビートルズの精神と現代的成熟が自然に調和した作品となっている。
本作は、ポールの90年代以降のキャリアを象徴する傑作であり、
“第二の黄金期”の幕開けを告げた重要作とされている。
シンプルなメロディ、温かいアレンジ、
遊び心と深い感情がバランスよく共存するその世界観は、
長いキャリアを経て円熟したポールの魅力を存分に味わえる。
また、Jeff Lynne と Steve Miller の参加がサウンドに奥行きを与え、
生演奏の温度と現代的洗練が美しく同居する仕上がりとなった。
全曲レビュー
1曲目:The Song We Were Singing
アルバムの幕開けにふさわしい温かなポップソング。
“昔語りと音楽の豊かさ”をテーマに、懐かしさと新しさが混ざり合う。
2曲目:The World Tonight
力強いギターリフと軽快なテンポが心地よいロックナンバー。
90年代ポールの自信と開放感を感じさせる。
3曲目:If You Wanna
スティーヴ・ミラーと共作した、陽気で軽やかな曲。
アメリカン・ロックの風が吹き抜けるような爽快さがある。
4曲目:Somedays
優雅なストリングスが響く美しいバラッド。
George Martin のアレンジが光り、深い感情を静かに表現する。
5曲目:Young Boy
明るいメロディの中に優しい応援歌のような温度を持つ。
ギターのキラキラとした音色が印象的。
6曲目:Calico Skies
アコースティックギターが澄み渡る、
ポール屈指の名バラッドのひとつ。
シンプルで純粋なメロディが胸を打つ。
7曲目:Flaming Pie
タイトル曲で、ユーモアと軽快さが同居する楽しいロック。
“炎のパイ”というアイデアはジョン・レノンへのオマージュとも言われる。
8曲目:Heaven on a Sunday
ジャズのニュアンスを含む落ち着いたナンバー。
ポールの息子ジェームズがギターで参加している。
9曲目:Used to Be Bad
スティーヴ・ミラーとのブルースナンバー。
スタジオの空気がそのまま伝わるような生演奏の良さがある。
10曲目:Souvenir
湿り気のあるメロディが美しく、奥行きのあるバラッド。
ポールの声の表情豊かな魅力がよく出ている。
11曲目:Little Willow
亡くなった友人リンダの親友のために書かれた、悲しみを癒す曲。
優しさと哀しさが繊細に溶け合っている。
12曲目:Really Love You
ファンク寄りの即興的なジャムセッション。
その場での演奏の勢いが楽しい。
13曲目:Beautiful Night
Jeff Lynne プロデュースの壮大なバラッド。
クラシック的な構成、感情の波、
ポールの歌の深さが全て詰まった名曲である。
14曲目:Great Day
温かいアコースティックで締めくくる小曲。
穏やかで前向きな余韻を残す、完璧なエンディング。
総評
『Flaming Pie』は、Paul McCartney のキャリアにおいて
最も穏やかで深い成熟を感じられる名盤である。
本作の核となっているのは、
ビートルズ時代を振り返る中で生まれた“原点への回帰”と、
今を生きるポールの落ち着き、
そして家族や仲間への深い愛情だ。
本作は、
- 生演奏の温度
- 過剰ではないプロダクション
- 伸びやかなメロディ
- 深い情緒とユーモアのバランス
が絶妙に融合している。
『Flowers in the Dirt』が“復活の兆し”であったなら、
『Flaming Pie』は“円熟の開花”と言えるだろう。
同時代の作品と比較すると、
・Tom Petty の落ち着いたロック
・George Harrison『Cloud Nine』の穏やかなスピリチュアリティ
・Jeff Lynne の滑らかなプロデュース感
などと響き合うが、
本作は完全に“ポールならでは”の優しさと輝きを放っている。
現代になっても評価が高まる理由は、
年齢や世代を問わず、
静かに心に寄り添う普遍的な良さがあるからだ。
おすすめアルバム(5枚)
- Chaos and Creation in the Backyard / Paul McCartney
静謐な美しさとソングライティングの鋭さが共通。 - Flowers in the Dirt / Paul McCartney
90年代ポールの“成熟までの道のり”を補完する。 - Cloud Nine / George Harrison
ビートルズ的精神と90年代の洗練が同居する類似作。 - Time Out of Mind / Bob Dylan
熟年期の深さを感じさせる対比作品として興味深い。 - Full Moon Fever / Tom Petty
自然体のロックとメロディの良さという観点で相性が良い。
制作の裏側(任意セクション)
『Flaming Pie』は、
“自宅スタジオでのリラックスした制作”と
“ビートルズ精神の再確認”が同時進行した作品だった。
ポールは『Anthology』作業を通して、
ジョン、ジョージ、リンゴと共に過ごした日々の意味を改めて感じ、
「無理なく、自然に、楽しんで作る」ことを大切にしたと言われる。
Jeff Lynne との化学反応も非常に重要だった。
彼のプロデュースによって、
必要以上に厚くしない、
しかし立体感のあるサウンドが完成した。
また、家族、とりわけリンダの存在が本作の温かさを支えている。
『Flaming Pie』は、ポールの人生と創作が静かに調和した“幸福な瞬間”を捉えた作品である。



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