
発売日: 2023年6月2日
ジャンル: パンク・ロック、ストリート・パンク、ハードコア
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Tomorrow Never Comes
- 2. Mud, Blood & Gold
- 3. Devil in Disguise
- 4. New American
- 5. Don’t Make Me Do It
- 6. It’s a Road to Righteousness
- 7. Live Forever
- 8. Drop Dead Inn
- 9. Prisoners Song
- 10. Magnificent Rogue
- 11. One Way Ticket
- 12. Hellbound Train
- 13. Eddie the Butcher
- 14. Hear Us Out
- 15. When the Smoke Clears
- 16. Do the Rat
- 17. The Bloody & Violent History
- 18. Dirty Rat
- 19. When We Were Young
- 総評
- おすすめアルバム
- 制作の裏側
概要
『Tomorrow Never Comes』は、ランシドが2023年に発表した通算10作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのキャリア30周年を飾るにふさわしい、最速・最短・最鋭のストリート・パンク宣言である。
プロデュースは、これまでの近作と同じくエピタフ・レコードの創設者ブレット・ガーウィッツ(Brett Gurewitz)。
アルバムはわずか30分足らずで19曲が収録され、
そのテンポと密度は『Let’s Go』(1994)や『…And Out Come the Wolves』(1995)を思わせる勢いに満ちている。
しかし、その内容は単なる原点回帰ではない。
『Tomorrow Never Comes』は、成熟したパンク・バンドが今の世界に対してなおも怒り、なおも希望を捨てないという
“生きた抵抗”を記録したアルバムなのだ。
タイトルの「Tomorrow Never Comes(明日は決して来ない)」は、
ニヒリズムではなく、**「今を生きろ」**というメッセージの裏返し。
パンデミック後の混乱や分断、格差が深まる社会の中で、
ランシドは改めて自らの出自――労働者階級、ストリート、友情、そして音楽――へと立ち返っている。
全曲レビュー
1. Tomorrow Never Comes
オープニング曲にしてタイトルナンバー。
疾走感あふれるビートとシンガロング・コーラスが炸裂し、わずか2分弱でバンドの姿勢を明確に示す。
「明日は来ない、だから今日を燃やせ」というメッセージが、まるで30年目の宣戦布告のように響く。
2. Mud, Blood & Gold
タイトルの通り、泥と血と金――つまり生きる現実を描いたストリート・アンセム。
マット・フリーマンのベースが暴れまわり、荒削りながらも圧倒的にタイトな演奏。
バンドのエネルギーが初期衝動と熟練の融合として炸裂している。
3. Devil in Disguise
クラシックなOi!パンクの影響が色濃い。
単純明快なリフの中に、社会の偽善者たちへの皮肉が込められている。
ティム・アームストロングのしゃがれ声とラーズ・フレデリクセンの掛け合いが鮮烈だ。
4. New American
現代アメリカの分断をテーマにした政治的トラック。
スピード感の中に憂いがあり、短いながらも重い社会的メッセージを突き刺す。
まさに「ニュースではなく現実を歌う」ランシドらしい一曲。
5. Don’t Make Me Do It
80年代ハードコアを彷彿とさせる怒涛のテンポ。
わずか1分半だが、拳を突き上げたくなるようなアグレッシブさ。
“暴力ではなく生き抜くための怒り”をテーマにしている。
6. It’s a Road to Righteousness
ストリートと宗教的象徴が交錯する、異色のミドルテンポ曲。
荒んだ現実の中で正しさを探す旅――ティムらしい寓話的リリックが光る。
7. Live Forever
アルバム中でも特にメロディアスな楽曲。
「仲間と共に生き続ける」というメッセージが温かく、
初期のストリート性と後期の人間味が美しく融合している。
8. Drop Dead Inn
パンク的なスピードとホラー映画的イメージを掛け合わせたユーモラスなトラック。
ティムの語り口調ヴォーカルが、まるで物語を語る語り部のようだ。
9. Prisoners Song
社会の“檻”を比喩にしたミドルテンポの名曲。
刑務所ではなく、労働や社会制度の枠に囚われた現代人の苦悩を歌っている。
この社会派の視点こそ、ランシドが“単なるパンクバンドではない”理由だ。
10. Magnificent Rogue
Oi!スタイルのリズムと合唱コーラスが光る、ライブ映え必至の楽曲。
無法者であることの誇りをストレートに歌い上げる。
「誇り高きならず者」というタイトルそのままに、バンドの信念を象徴している。
11. One Way Ticket
シンプルで疾走感のあるパンク。
「片道切符しかない人生」というフレーズが、後戻りしない覚悟を感じさせる。
ランシドらしい刹那的な美学が際立つ。
12. Hellbound Train
ブルージーなギターとハードなリズムが印象的な変化球。
“地獄行きの列車”という比喩で、人生の破滅的なスピードを描く。
『Life Won’t Wait』の実験性を彷彿とさせる。
13. Eddie the Butcher
現実と虚構を交えたストリート・ノワール的ストーリーソング。
ティム・アームストロングが得意とする人物描写の詩的技巧が光る。
短編映画のような叙情を持つ異色作。
14. Hear Us Out
連帯と声を上げる勇気をテーマにしたコーラス・アンセム。
「俺たちの声を聞け」というシンプルなフレーズが、ストレートに響く。
ランシドが30年経っても“闘う音楽”であることを再確認させる。
15. When the Smoke Clears
戦争・暴動・暴力の後に残るのは何か――そんな問いを投げかける曲。
重厚なリズムの中に、静かな怒りと希望が共存する。
短いながらも深い余韻を残す。
16. Do the Rat
タイトル通りのスラング感満載のファストチューン。
狂乱的なテンポとスキャットのようなヴォーカルが痛快。
90年代の勢いをそのまま蘇らせている。
17. The Bloody & Violent History
歴史の暴力と支配を題材にした、社会批評的パンク。
「血と暴力で作られた歴史」という冷徹な視点が、短いリリックの中で炸裂する。
ティムの語り口がまるで演説のようで、思想的な深みを持つ。
18. Dirty Rat
Oi!とロックンロールの融合。
裏切り者や偽善者への痛烈な一撃でありながら、曲調はキャッチー。
ライブでの盛り上がりが想像できる。
19. When We Were Young
アルバムを締めくくる感傷的な一曲。
「若かった頃、俺たちは世界を変えられると思ってた」という歌詞に、
30年の歳月を経たランシドの静かな自省と誇りが滲む。
荒れた声の奥に、深い温かさが宿っている。
総評
『Tomorrow Never Comes』は、ランシドが自らの出発点――ストリート・パンク――に改めて立ち返りながら、
同時にその精神を2020年代の社会と人間に結びつけた作品である。
パンデミック後の混沌と暴力、格差、孤独。
そうした現実の中で、彼らは“怒りを持つことの意味”をもう一度問い直している。
しかし、その怒りは破壊ではなく、**「生き延びるための叫び」**として昇華されているのだ。
サウンド面では、アナログ感を重視したシンプルな録音と、ライブ感を優先したミックスが特徴。
全19曲が30分以内に収まるという圧縮感は、まるでデビュー作のような勢いだが、
演奏の精度とアンサンブルの緊張感はむしろ過去最高レベル。
ベテランでありながら若手バンドのようなエネルギーを保つ――その奇跡を体現している。
また、歌詞の多くが**「時間」「記憶」「継承」**をテーマにしており、
これはランシドというバンド自身の物語でもある。
彼らは自らの若さを懐かしむのではなく、今もストリートに立ち続けることを誇りとしている。
『Tomorrow Never Comes』は、過去と未来を結ぶ“現在”の記録。
それは30年間を走り抜けた者だけが鳴らせる、本物のパンク・アルバムなのだ。
おすすめアルバム
- …And Out Come the Wolves / Rancid (1995)
パンク史に残る不朽の名作。メロディと社会性の頂点。 - Let’s Go / Rancid (1994)
『Tomorrow Never Comes』の原型とも言える爆発的エネルギーを持つ。 - Life Won’t Wait / Rancid (1998)
多国籍サウンドと社会的テーマを融合した実験的傑作。 - …Honor Is All We Know / Rancid (2014)
本作と地続きの精神を持つ原点回帰的作品。 - Energy / Operation Ivy (1989)
ティム・アームストロングとマット・フリーマンの出発点。Rancidの根源。
制作の裏側
『Tomorrow Never Comes』のレコーディングは、パンデミック後の再始動という特別な背景のもとで行われた。
バンドは数年ぶりに同じスタジオに集結し、マスクを着けながらも**「再会のセッション」**として始動。
ティム・アームストロングは「このアルバムは“再び息を吹き返した瞬間”の記録」と語っている。
制作にあたって彼らが意識したのは、「最初の頃の衝動をもう一度思い出すこと」。
そのため、録音はすべて短期間で行われ、オーバーダブを最小限に抑えた。
ミスもそのまま残すというライブ的ドキュメント性が、作品全体の熱量を支えている。
また、バンドはこの作品を「過去へのノスタルジーではなく、未来への闘志」と位置づけている。
タイトルの“Tomorrow Never Comes”は諦念ではなく、
「だからこそ、今日を全力で生きろ」という現実主義的希望のメッセージなのだ。
『Tomorrow Never Comes』――それは、
ランシドが30年を経てもなお、“ストリート・パンクの灯”を消さずに鳴らし続けるという
生きる証明である。



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