発売日: 2010年6月18日
ジャンル: ダンス・ポップ、シンセポップ、エレクトロポップ
概要
『Can’t Be Tamed』は、マイリー・サイラスが“ディズニー出身のアイドル”という枠を完全に脱ぎ捨て、
「自分の意志で生きる女性アーティスト」へと生まれ変わった転換点となるアルバムである。
2008年の『Breakout』でティーンポップの頂点に立った彼女は、
本作で音楽的にもビジュアル的にも大胆な変化を遂げた。
タイトルの“Can’t Be Tamed（飼いならされない）”が象徴するのは、
他者の期待やルールからの解放、そして自我の目覚めである。
当時17歳だったマイリーは、世間から“お手本的スター”であることを求められていた。
だがその殻を破るように、エレクトロポップとダンスビートを融合させた本作で、
成熟と反逆の同居する新しいポップ像を提示した。
全曲レビュー
1. Liberty Walk
アルバムの幕開けを飾るアッパーなダンスポップ。
「恐れずに歩け、自由になるために」というメッセージが込められた、
自己解放のアンセムである。
エレクトロなサウンドの中に、社会的意識の芽生えが感じられる。
2. Who Owns My Heart
重厚なベースとシンセがうねるダークなクラブ・トラック。
“恋なのか、それとも音に酔っているだけなのか”という内省的なリリックが秀逸。
セクシュアルでありながら、同時に哲学的――本作の方向性を象徴する楽曲だ。
3. Can’t Be Tamed
タイトル曲にして代表曲。
鳥籠の中で羽ばたこうとするマイリーの姿を描いたMVが話題を呼んだ。
“私は飼いならされない”という宣言は、彼女のキャリアを通してのモットーとなる。
挑発的でありながら、自由への憧れを歌うこの曲は、
ポップアイドルからアーティストへの決別宣言だった。
4. Every Rose Has Its Thorn
ポイズンの名バラードをカバー。
オリジナルの哀愁を保ちながら、若い感性で再解釈している。
彼女のハスキーな声が、痛みを伴う愛の歌にリアリティを与える。
5. Two More Lonely People
軽快なリズムと切ないメロディが心地よいミドルテンポ曲。
“孤独な人が二人集まれば、それで少しは救われる”というメッセージが優しい。
恋愛の未熟さと希望が混じり合う青春の瞬間を切り取った。
6. Forgiveness and Love
ピアノを中心とした美しいバラード。
怒りや悲しみを経てたどり着く“許しと愛”のテーマが成熟を感じさせる。
マイリーのスモーキーな声の表情が特に印象的で、アルバムの中でも最も内省的な一曲。
7. Permanent December
エレクトロ要素の強いダンスナンバー。
“終わらない冬”というタイトルが象徴するのは、心の停滞と孤独。
キャッチーなリズムの中に潜むメランコリーが、この時期のマイリーの心境を映している。
8. Stay
アルバムの中でも最も感情的なバラード。
恋人との別れを受け入れられずにいる心情を、
静かなピアノと柔らかいストリングスが包み込む。
マイリーの歌声が、少女と大人の境界線に立つように響く。
9. Scars
ギターのリフが印象的なポップ・ロック曲。
“傷跡が私を作った”という強いメッセージが込められており、
自己肯定とトラウマの受容というテーマを大胆に歌い上げている。
10. Take Me Along
アコースティック調のバラード。
“あなたと一緒にこの旅を続けたい”という切ないラブソングで、
アルバム全体の中では唯一、穏やかな温もりを持つ曲。
11. Robot
攻撃的なビートと歪んだシンセが印象的。
「私はロボットじゃない」と歌うこの曲は、
業界のシステムや社会の同調圧力への抵抗宣言である。
彼女の怒りが電子的なサウンドと融合し、異様な迫力を生む。
12. My Heart Beats for Love
ラストを飾るのは、LGBTQ＋コミュニティへの愛と共感を歌った楽曲。
「私の心はすべての人のために鼓動している」というメッセージが、
マイリーの人間的成長と優しさを象徴している。
総評
『Can’t Be Tamed』は、“アイドルからアーティストへ”という通過儀礼の記録である。
サウンド面では、当時主流だったエレクトロポップやシンセポップを大胆に導入し、
ブリトニー・スピアーズやレディー・ガガといった先輩世代の影響を昇華している。
ただし、マイリーの表現は模倣ではなく、“自己解放の物語”として一貫している点が特徴的だ。
歌詞のテーマは“自立”“孤独”“社会への反発”“愛の再定義”。
それらが統一されたトーンで描かれており、
ティーン・ポップの枠を超えた精神的な成熟が感じられる。
当時の批評家からは賛否が分かれたが、今振り返れば、
このアルバムこそが後の『Bangerz』（2013）への橋渡しであり、
マイリーが“ロールモデル”を脱して“自分自身になる”瞬間だったと分かる。
『Can’t Be Tamed』は、完璧ではない。
だが、そこにある未完成の強さ、抵抗の衝動、若さの痛みが、
今もなおマイリーの音楽の根幹を支えている。
おすすめアルバム
- Bangerz / Miley Cyrus (2013)
完全な再生を果たした革新作。彼女のアイデンティティの確立。 - Plastic Hearts / Miley Cyrus (2020)
ロックと80年代サウンドの融合。成熟したマイリーの姿。 - Teenage Dream / Katy Perry (2010)
同時期のポップシーンの文脈を理解するのに最適。 - The Fame Monster / Lady Gaga (2009)
“自我と表現の衝突”というテーマで共鳴する。 - Stripped / Christina Aguilera (2002)
女性アーティストが自己を解放する過程を描いた名盤。
制作の裏側
『Can’t Be Tamed』は、マイリーが自らの芸術的コントロールを初めて強く主張したアルバムである。
プロデュースにはRock Mafia、John Shanks、Claude Kellyらが参加。
ボーカル録音では、彼女が「完璧なテイク」よりも「感情の瞬間」を優先し、
ほとんどの曲で一発録りに近い形式を採用したという。
また、同時期に撮影されたMVでは、彼女が“檻から飛び出す鳥”を象徴的に演じ、
世間に対する強烈なメッセージを放った。
その挑発的な演出は議論を呼んだが、
同時にマイリー・サイラスというアーティストが誕生した瞬間として語り継がれている。
『Can’t Be Tamed』は、単なるポップアルバムではない。
それは、少女が自らの足で立ち上がり、
「自由とは何か」を問い続けるロック・スピリットの記録なのだ。
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