
1. 歌詞の概要
「One More Stitch」は、Green Riverが1988年に発表した唯一のフルアルバム『Rehab Doll』に収録された楽曲である。タイトルの「One More Stitch(もう一針縫う)」は、負傷や痛みを修復するための「縫合」を意味しつつ、繰り返される痛みや破壊を何とかつなぎ止めようとする比喩としても機能している。歌詞は肉体的・精神的な傷と、それを何度も縫い合わせなければならない破滅的な生活を描写している。
Green River特有の退廃美学とシニカルな視点が全開で、パンクの直接性とハードロックの重量感を併せ持つ荒削りなサウンドが、まさに「グランジの原石」として響くナンバーである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Green Riverは1984年にシアトルで結成され、MudhoneyのMark ArmやPearl JamのStone Gossard、Jeff Amentらを輩出したことで知られる伝説的バンドである。『Rehab Doll』は彼らの唯一のフルアルバムであり、解散直前に制作されたため、全体に閉塞感と退廃が充満している。
「One More Stitch」はその中でも特に「身体的痛みと精神的虚無」を直喩的に扱った楽曲であり、彼らが持つ破滅的衝動を象徴する。依存、退廃、破壊――そしてそれを一時的に縫い合わせて生き延びるという感覚は、当時のシアトルの若者たちが抱えていた暗い現実を強く反映していた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「One More Stitch」の一部を抜粋し、英語歌詞と和訳を併記する。
(歌詞引用:Genius)
One more stitch to close my eyes
もう一針縫って、俺の目を閉じてくれ
One more stitch before I die
死ぬ前に、もう一針縫ってくれ
Tear me open, I don’t care
俺を切り裂けよ、気にしやしない
There’s no feeling anywhere
どこにも感覚なんて残っていない
歌詞は露骨に肉体の損傷を描写しながら、同時に「虚無」を訴えている。痛みすらも感じない感覚が、深い絶望を示唆している。
4. 歌詞の考察
「One More Stitch」は、肉体的損傷の描写を通じて「生きるために何度も縫い合わなければならない」という破滅的なライフスタイルを暗示している。薬物依存やアルコール依存に象徴されるシアトルのアンダーグラウンド文化の影を色濃く映し出しており、歌詞の残酷さと虚無感は単なる暴力的イメージではなく、現実の「自己破壊的生き方」を写したものといえる。
「もう一針」という繰り返しは、生と死の間を延命するための皮肉な儀式のようでもある。それは「いつ死んでもおかしくない」という緊張感の中で、一瞬だけ命をつなぐ行為だ。痛みが消え、感覚が麻痺している描写は、ただの肉体の苦痛を超えて「生そのものへの無関心」に結びついている。
音楽的には、重いリフと反復的な構造が「出口のない感覚」を強調し、ヴォーカルは嘲笑と絶望が入り混じったトーンで歌われる。これにより、リスナーは虚無の底に引きずり込まれる感覚を味わう。のちのNirvanaやAlice in Chainsにも直結する「痛みと虚無の美学」が、この時点で提示されている。
(歌詞引用:Genius)
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Touch Me I’m Sick by Mudhoney
退廃と虚無をシニカルに吐き出したGreen River直系の代表曲。 - Negative Creep by Nirvana
初期Nirvanaの破壊的エネルギーと自己破壊衝動が共鳴する。 - Would? by Alice in Chains
依存と死をテーマにしたシアトルの名曲で、同じ虚無感を持つ。 - Search and Destroy by The Stooges
自己破壊的衝動を爆発させた原点的なガレージ・パンク。 - Junkhead by Alice in Chains
依存と快楽、破滅を赤裸々に歌い上げた一曲。
6. Green Riverにとっての意義
「One More Stitch」は、Green Riverが提示した「破滅と虚無の美学」の極致ともいえる曲である。パンク的直接性、ハードロック的重量感、退廃的な歌詞が三位一体となり、後のグランジ・ムーブメントを象徴するDNAを刻んだ。
バンドはこのアルバムを最後に解散したが、「One More Stitch」に込められた絶望的世界観は、MudhoneyやPearl Jam、Nirvanaへと引き継がれ、90年代ロックを根本から変える礎となった。
すなわち「One More Stitch」は、Green Riverという短命なバンドの「死の匂いを帯びた最後の咆哮」であり、同時にグランジ誕生の決定的瞬間を刻んだ記念碑的楽曲なのだ。



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