
1. 歌詞の概要
「I Get Around」は1964年に発表されたビーチ・ボーイズの大ヒット曲で、彼らの初の全米シングル・チャート1位を獲得した楽曲である。歌詞の内容は若者の日常と自由を描いたもので、仲間とともに車に乗って町を走り回り、女の子に出会い、遊び、人生を楽しむ姿が描かれている。繰り返される「I get around」というフレーズは、移動することそのものに楽しみを見出す若者文化を象徴しており、サーフィンやドライビングといった60年代のカリフォルニア的ライフスタイルをストレートに表現している。物語性よりも瞬間的なエネルギーを強調することで、青春の疾走感や無敵感をリスナーに伝える楽曲となっているのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I Get Around」は、ブライアン・ウィルソンとマイク・ラヴによる共作であり、ビーチ・ボーイズの創作の方向性を決定づけた重要な曲である。1964年、ブライアンはツアー生活の過酷さと精神的な疲弊から、バンドのライブ活動から距離を置くようになっていた。その代わりに彼はスタジオでの創作活動に没頭し、音楽的により複雑で革新的なサウンドを探求するようになる。「I Get Around」はその最初の結実ともいえるもので、アメリカの若者文化を背景にしつつも、従来のシンプルなサーフ・ロックからさらに一歩踏み込んだサウンドを提示していた。
この曲では、ドライビング・リズムに加え、変化に富んだ転調や複雑なハーモニー、緻密なスタジオ・ワークが際立っている。冒頭の強烈なアカペラ的な掛け声や、ブライアンのアレンジによるリズムの切り替えは、従来のロックンロールにない大胆さを示している。また、録音にはロサンゼルスの名うてのスタジオ・ミュージシャンが参加し、分厚いサウンドを実現した。こうした音作りはのちの『Pet Sounds』(1966年)へとつながる布石ともなった。
「I Get Around」は、アメリカのティーンエイジャー文化を象徴するだけでなく、ブライアン・ウィルソンのプロデューサーとしての才能を世界に示した楽曲だったと言える。このシングルが全米1位を獲得したことで、ビーチ・ボーイズはサーフィンやカリフォルニアに根ざしたバンドから、全米規模のトップ・ポップ・グループへと飛躍することになった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は歌詞の一部抜粋と和訳である。(参照:Genius Lyrics)
I’m gettin’ bugged drivin’ up and down the same old strip
同じ通りを何度も車で走るのにうんざりして
I gotta find a new place where the kids are hip
もっとイケてる若者が集まる新しい場所を見つけなきゃ
My buddies and me are gettin’ real well known
仲間と俺はかなり有名になってきて
Yeah, the bad guys know us and they leave us alone
悪いやつらも俺たちを知っていて、ちょっかいを出さなくなった
I get around
あちこち走り回ってるんだ
From town to town
町から町へと
I’m a real cool head
クールに決めて
I’m makin’ real good bread
しっかり稼いでるぜ
4. 歌詞の考察
「I Get Around」の歌詞はシンプルでありながら、1960年代のアメリカン・ティーンエイジャー文化を生き生きと切り取っている。車で街を走り回ることは、若者にとって自由と自立の象徴であり、また仲間や恋愛と結びつく社会的な場でもあった。ビーチ・ボーイズはその感覚を軽快なリズムとコーラスに乗せて歌い上げ、リスナーに疑似体験を提供している。
興味深いのは、歌詞に描かれる「俺たちは有名になった」「悪いやつらも手を出さない」というフレーズである。これは単なる青春の誇張表現とも取れるが、当時のアメリカの若者たちが抱いていた「自分たちこそが主役だ」という自己肯定感を体現しているとも言える。また「bread(パン)」というスラングでお金を意味する表現を取り入れるなど、時代性を強く感じさせる言葉選びも特徴的である。
さらに、この曲が放つスピード感やリズムの切れ味は、単なる「サーフィンの歌」から「ロック・ポップの革新」へと進化しつつあったバンドの姿を反映している。青春の無鉄砲さと無敵感をそのままサウンドに凝縮したような楽曲であり、同時にブライアン・ウィルソンの音楽的野心がにじみ出ている。後年の複雑なサウンドスケープへ至る第一歩として、この曲はバンドのキャリアの中でも特別な意味を持つ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Fun, Fun, Fun by The Beach Boys
同じく車文化と青春の疾走感を描いた代表曲。 - Surfin’ U.S.A. by The Beach Boys
ビーチ・ボーイズの初期を代表するサーフ・ロックのアンセム。 - Little Deuce Coupe by The Beach Boys
アメリカ車文化を賛美する歌で、本曲と同じ文脈で楽しめる。 - Be True to Your School by The Beach Boys
若者文化をテーマにしたエネルギッシュな楽曲。 - She Loves You by The Beatles
同時代に世界を席巻したビートルズの代表曲で、若者の熱気と勢いが共鳴する。
6. 「I Get Around」が切り開いた新しい地平
「I Get Around」は、ビーチ・ボーイズが単なる「サーフィン・バンド」から脱却し、全米を代表するポップ・グループへと進化する契機となった楽曲である。そのエネルギッシュな演奏と緻密なアレンジは、当時のポップスにおける水準を一段引き上げ、後のロックの発展に大きな影響を与えた。
また、この曲が全米1位を獲得したことにより、ブライアン・ウィルソンは自らのプロデューサー的立場を強化し、以後の創作においてスタジオを実験場として使うようになる。その流れが『Pet Sounds』、さらには「Good Vibrations」といった革新的な作品へと結実していく。つまり「I Get Around」は、ビーチ・ボーイズの黄金期の幕開けを告げるファンファーレであり、同時にアメリカン・ポップス史における重要な転換点のひとつでもあったのだ。
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