発売日: 2019年11月8日
ジャンル: ポップ・ロック、ソフト・ロック、エモーショナル・ポップ
概要
『Sunsets & Full Moons』は、The Scriptが2019年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの原点回帰とも言える“感情重視”の作品である。
前作『Freedom Child』で大胆なエレクトロ・ポップ路線を展開した彼らだが、本作では再びピアノとギターを中心としたオーガニックなサウンドへと回帰。
傷ついた心、別れ、再生、そして祈り――そうした普遍的なテーマを、ストレートなメロディと語りかけるようなリリックで描き出している。
特筆すべきは、ボーカルのダニー・オドノヒューが本作制作中に母親を亡くしており、その経験がアルバム全体の“喪失”というテーマに大きな影響を与えている点である。
実は彼が父を亡くしたのはデビュー作『The Script』（2008年）の直前であり、“親を失った後に作られたアルバム”という点で、本作はまさに“円環”を描くかのような帰結を感じさせる。
タイトル『Sunsets & Full Moons』には、“終わりと満ちる瞬間”“喪失と癒し”“日常と神秘”といった二項対立が込められており、アルバム全体を通じて“感情を抱きしめることの肯定”が主題となっている。
全曲レビュー
1. Something Unreal
軽快なリズムで幕を開けるオープニング・ナンバー。
“現実ではない何か”に恋してしまった主人公の迷いと高揚を描いたポップ・ロック。
サウンドは爽やかだが、歌詞には喪失の予感が漂う。
2. The Last Time
アルバムの核をなす失恋ソング。
「これが君を見る最後になるかもしれない」という直球の表現が、感情をむき出しにする。
壮大なメロディとサビの盛り上がりは、ライブでの定番曲としての存在感を放つ。
3. Run Through Walls
本作で最も感動的な楽曲のひとつ。
“壁を突き破ってでも駆けつけてくれる友人たち”への感謝を歌ったバラード。
喪失と再生を支える“絆”の大切さが、静かな熱で響く。
4. If You Don’t Love Yourself
自己肯定のメッセージを含んだポジティブな楽曲。
「君が自分を愛せないなら、僕が代わりに愛するよ」という一節が心に残る。
優しさと希望に満ちたミディアム・テンポ。
5. Hurt People Hurt People
“傷ついた人が他人を傷つける”というフレーズをテーマにした、感情の連鎖を描くトラック。
穏やかなピアノと繊細なボーカルが、苦しみの背後にある“人間性”を優しく包み込む。
6. Same Time
離れていても“同じ時間”を共有しているというロマンティックなアイデアを基にした楽曲。
ラジオフレンドリーなポップでありながら、リリックには深い愛情と距離の切なさがある。
7. Underdog
自分を過小評価された人間＝アンダードッグの闘志と誇りを歌い上げるアップテンポな一曲。
3OH!3やImagine Dragons的なビート感もあり、ライブ向けのエネルギッシュな構成。
8. The Hurt Game
恋愛を“傷つけ合うゲーム”として描くアイロニカルなラブソング。
ファンク調のリズムが新鮮で、アルバムの中でも異彩を放つ存在。
9. Hot Summer Nights
ノスタルジックな思い出を描いたサマー・チューン。
タイトルとは裏腹に、どこか物悲しく、過ぎ去った季節への愛惜が滲む。
10. Love You Like I Do
ラストを飾るにふさわしい、シンプルで純粋なラブソング。
“I love you like I do”という繰り返しが、言葉の奥にある“変わらない想い”を表現する。
涙腺に優しく触れるクロージング・トラック。
総評
『Sunsets & Full Moons』は、The Scriptが再び“心の声”に立ち戻り、“誰かの物語”ではなく“自分自身の痛みと向き合う”アルバムである。
『#3』や『Freedom Child』で見せた社会的な視点、サウンド面での挑戦とは異なり、本作は徹底して“感情の原点”にフォーカスしており、そこにバンドとしての誠実な覚悟が感じられる。
収録曲の多くが、恋愛の喪失や、親しい人との別れ、自己との対話をテーマにしており、誰にでも訪れる“人生の悲しみ”を音楽という形で受け止めるような包容力がある。
また、アルバム全体を通して見えてくるのは、「痛みがあるからこそ、人は優しくなれる」という静かな真理。
そのメッセージを、飾らない言葉とストレートなメロディで丁寧に伝えてくるのが、The Scriptの変わらぬ強みだ。
彼らはこの作品で、「沈む太陽（Sunsets）」と「満ちた月（Full Moons）」の両方を見つめながら、“終わりと始まり”を同時に祝福している。
そして、その夜空の下で、誰かが泣いていても、誰かが癒されている――そんな普遍的な音楽を、彼らは作り続けているのだ。
おすすめアルバム（5枚）
- James Arthur『Back from the Edge』
喪失と再生をテーマにしたエモーショナルなポップ・ロック作品。『Run Through Walls』に通じる感性。 - Lewis Capaldi『Divinely Uninspired to a Hellish Extent』
感情のむき出しさとピアノ・バラード中心の構成が非常に近い。 - Ed Sheeran『+（プラス）』
日常と感情の交差点をシンプルに描くスタイルで、The Scriptと共鳴する。 - Keane『Cause and Effect』
大人の喪失と感情の再構築をテーマにした作品。サウンド面でも近しい空気を持つ。 - Coldplay『Ghost Stories』
内省的で静かなサウンドに包まれた“夜のアルバム”。本作のトーンと非常に良く合う。
ビジュアルとアートワーク
『Sunsets & Full Moons』のジャケットは、黒背景に赤と青の対比を効かせた月と夕日が象徴的に配置され、感情の“振幅”を視覚的に表現している。
シンプルながらも強いコントラストは、“悲しみと希望”“終わりと始まり”というアルバム全体のテーマと呼応している。
静かな光をたたえるこのビジュアルは、「感情の夜」を共に歩むリスナーへそっと差し出された灯火のように、優しく寄り添ってくれる。
The Scriptはここでもまた、音と共に“見える感情”を作り出している。
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