アルバムレビュー：In Real Life by Mandy Moore

アルバムレビュー

2025.06.25

発売日: 2022年5月13日
ジャンル: フォーク・ポップ、アダルト・コンテンポラリー、アメリカーナ、シンガーソングライター

概要

『In Real Life』は、マンディ・ムーアが2022年に発表した通算7作目のスタジオ・アルバムであり、パンデミック、出産、日常の営みの中から紡がれた、母であり表現者でもある彼女の“生きた時間”の記録である。

前作『Silver Landings』（2020年）では約11年ぶりの音楽活動復帰を果たし、感情的な“再出発”を穏やかに描いたが、
本作ではそこからさらに一歩進み、人生の“現在進行形”をそのまま歌に封じ込めたような、等身大で手触りのある作品世界が広がる。

プロデュースは夫であるテイラー・ゴールドスミス（Dawes）とマイク・ヴィオラが引き続き担当。
サウンドはアコースティック中心のオーガニックなフォーク・ポップを基調としつつ、ソウル、カントリー、アメリカーナの要素を自然体で織り交ぜた、日常と地続きの音楽が特徴的である。

1. In Real Life
アルバムの表題曲であり、“本当の生活”の美しさと矛盾を讃えるセルフ・ポートレート的楽曲。
母となった視点と、ひとりの人間としての不安が柔らかく交錯する。

2. Heartlands
開けた風景と内面の旅が重なる、ロードムービーのような一曲。
人生の“中心＝ハートランド”とはどこにあるのかを探す、静かな探求の歌。

3. Little Dreams
子どもに向けて歌われる、優しさと祈りに満ちたララバイ。
“世界は大きいけれど、あなたの夢も大事”というメッセージが温かく響く。

4. Just Maybe
“もしかしたら”という不確かな可能性に希望を託す歌。
迷いや選択の曖昧さを抱えたまま、それでも前に進む人々へのエール。

5. Living in the In Between
過去と未来の狭間＝“今この瞬間”の尊さを描いた穏やかなバラード。
フォークとアメリカーナのミドルテンポが心地よい。

6. In Other Words
言葉にならない想いを抱えるときの無力さと、それでも誰かと分かち合いたいという衝動を丁寧に綴った楽曲。

7. Four Moons
愛と時間の重なりを月の満ち欠けになぞらえた詩的ナンバー。
四つの満月が象徴するのは、季節か、記憶か、それとも成長か。

8. Little Victories
“日々の小さな勝利”を称えるアコースティック・チューン。
育児、家庭、仕事――どれも大きくはないけれど、確かな“今”の積み重ねがテーマ。

9. Heavy Lifting
精神的負担や役割の重さについて語るミディアムバラード。
見えない負荷を背負って生きるすべての人の心に寄り添う。

10. Brand New Nowhere
“どこでもない場所”に自ら進んで向かうという、自由と孤独の詩。
安定よりも未知に惹かれる心の微妙な揺れが印象的。

11. Every Light
全体の締めくくりとなる、シンプルで美しい祈りのような曲。
どんなに遠く離れていても“あの光”が道を照らしてくれる、という普遍的な安心感に包まれる。

『In Real Life』は、マンディ・ムーアが“表現する理由”を見失うことなく、人生のごく私的な瞬間をそのまま差し出すように構成された、呼吸のようなアルバムである。

歌詞に登場するのは、大きな出来事ではなく、“眠れない夜”“静かな喜び”“子どもへのまなざし”“言葉にしづらい感情”など、
暮らしの中にある詩情と真実であり、それらを無理に誇張せず、地に足の着いたメロディとともに届けている。

ボーカルもまた、劇的な展開や装飾は避けられ、話すように、囁くように歌われることで“実在する声”としての説得力を持つ。
この“飾らない美しさ”こそが、マンディ・ムーアの現在地を象徴している。

『In Real Life』のリリックは、“日常のディティール”をすくい上げる視線の誠実さが光る。

たとえば「Little Victories」では、毎日を乗り越えるだけでも十分に価値があることを肯定し、
「Heartlands」では“私の中心がどこにあるか”を旅の比喩で問い直す。
また、「Fifteen」（前作）に続くような形で、かつての自分への手紙のような温かさも随所に見られる。

コロナ禍以降の価値観、母としての立場、キャリアと家庭の両立といった要素は、
単なる個人的体験ではなく、同時代を生きる多くの人々の共感と連帯の糸口として機能している。

『In Real Life』は、派手さも大声も必要としない。
むしろそこにこそ、“本当の生活”＝リアル・ライフの音楽的価値があるのだ。