
1. 歌詞の概要
「Stars(スターズ)」は、アメリカ・イリノイ州出身のオルタナティブ・ロック/スペース・ロック・バンド、HUM(ハム)が1995年にリリースしたアルバム『You’d Prefer an Astronaut』のリードシングルであり、彼らにとって唯一の全米ヒットとなった象徴的な楽曲である。
一聴してギターノイズとメロディが渾然一体となるサウンドに驚かされるが、その中に込められているのは、宇宙的なスケールで描かれたロマンスと存在の詩である。主人公は恋人の話をしているようでいて、語り口は極端に俯瞰的で、まるで天体を観測しているかのように、愛を、感情を、他者を遠くから見つめている。
「彼女は星に住んでいる」というイメージは、神秘的でロマンティックな響きを持ちつつ、同時に現実との距離、触れられないものへの憧れを象徴している。地に足のついた愛ではなく、むしろ**手の届かないものへの愛着=“スペース・ラブソング”**とでも呼ぶべき作品なのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
HUMは90年代のオルタナティブ/グランジ・ブームの中で活動しながらも、重厚なギターとリリカルなテーマを融合させた独自の美学で、ポストハードコアやシューゲイザーにも近い位置づけをされてきた。『You’d Prefer an Astronaut』は、メジャーレーベルでのデビュー作であり、音のスケール、歌詞の抽象性、プロダクションすべてにおいて高く評価されている。
「Stars」はMTVやラジオで大きな注目を集めたが、それは一時的な商業的成功であり、むしろこの曲が後のポストロック/ヘヴィシューゲイザーの潮流に与えた影響のほうが長期的には大きい。
この楽曲における“星”のイメージは、ただのロマンではなく、広大で冷たく、美しくも孤独な空間としての宇宙である。つまりこの曲は、表面上はラブソングだが、本質的には“人間の孤独とつながりへの欲望”を宇宙的な比喩で描いた詩なのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Stars」の印象的な一節を抜粋し、英語と日本語訳を併記する(出典:Genius Lyrics):
She thinks she missed the train to Mars, she’s out back counting stars.
「彼女は火星行きの列車を逃したと思ってる
今は裏庭で星を数えてるんだ」
このラインは、宇宙というスケールを借りながらも個人的な喪失感、すれ違い、そして感情のやり場のなさを見事に象徴している。火星行きの列車=大きな何かを逃したことに気づいた彼女は、代わりに星を見ている。それは美しくも寂しい描写であり、夢の残骸のような叙情性がある。
She thinks she missed the train to Mars
She’s out back counting stars
というフレーズはサビとして繰り返され、聴く者にその孤独と憧れを強く印象づける。
4. 歌詞の考察
この曲の面白さは、ラブソングの形式を取りながらも、語り手と“彼女”とのあいだに決して埋められない距離があるということにある。語り手は彼女を愛しているが、それは“地上”で共有される愛ではなく、むしろ崇拝や観察に近い愛情なのだ。
彼女は「火星行きの列車を逃した」と思っているが、それが何を意味するのかは明言されていない。夢、人生の転機、別れ、精神的な何か……。だが、彼女がいま“星を数えている”という描写は、彼女自身が宇宙的な空白の中にいる存在であり、語り手はそれを静かに観測している。
さらに言えば、「She thinks」と語っている点が重要だ。つまりこれは彼女自身の言葉ではなく、語り手が彼女の心情を勝手に解釈しているのだ。ここには、愛とは、他者の心の投影にすぎないというメタ的な主題すら読み取れる。
ギターの轟音と静けさが交互に押し寄せるダイナミクスも、まさにこの内なる空間と宇宙の空間が交錯するような感覚を象徴している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Be Quiet and Drive (Far Away) by Deftones
逃避と無重力感を重ねた、轟音の中の叙情。 - Gold Soundz by Pavement
言語の破片で描く感情と失われた青春の断片。 - Only Shallow by My Bloody Valentine
ノイズの海に沈む愛と夢の視覚化。 - More by Autolux
歪んだリズムと透明なボーカルが交錯する現代的スペース・ポップ。 - Out There by Dinosaur Jr.
宇宙のように広がるギタートーンと心の距離感を映す。
6. “火星行きの列車を逃しても、星はまだ見える”
「Stars」は、ただのロマンティックな歌ではない。それは到達不可能なものへの愛、憧れと孤独のあいだにある感情の残響を描いた作品である。
語り手が彼女を観察するその距離感は、まるで地上から星を見上げるようだ。触れることも話しかけることもできず、ただ光を受け取るだけ。その一方通行の愛が、宇宙というモチーフによって壮大に、そして冷たく、美しく表現されている。
HUMは「Stars」で、90年代オルタナティブの中でも異色の位置を確立した。轟音のなかに漂う静けさ、抽象のなかに潜む普遍性——この曲は、それらすべてが共存する希少な宇宙詩であり、今もなお星のように、誰かの夜空で光っている。
コメント