イントロダクション
煌めくシンセの裏側で轟くメタルギター、そして胸を刺すほどストレートな歌詞。
ロンドンを拠点に活動する Rina Sawayama は、J-POP と UK クラブカルチャー、オルタナロックを一つの鉱石に溶かし込み、二一世紀の“多面体ポップ”を提示してきた。
本稿では、その生い立ちから最新作までを辿りながら、彼女がなぜ世界のポップシーンで不可欠な存在となったのかを探っていく。
アーティストの背景と歴史
一九九〇年、新潟で生まれたリナは五歳で家族とともにロンドンへ移住した。
英国式インターナショナルスクールでは人種的マイノリティとして疎外感を抱きつつ、ブリトニーや椎名林檎を並列で聴く雑食性を育む。
ケンブリッジ大学時代にネット発ポップユニット「lazy lion」を経て二〇一三年にソロ転向、シングル「Sleeping in Waking」で SoundCloud デビュー。
二〇一七年のミニアルバム『RINA』で一躍注目を集め、二〇二〇年『SAWAYAMA』が英メディアの年間ベスト上位を席巻。
二〇二二年の二作目『Hold the Girl』では UK アルバムチャート TOP 3 に躍り出て、グローバルフェスの常連となった。
音楽スタイルと影響
Rina の楽曲は、Y2K ポップの甘さとニューメタルの攻撃性をシームレスに切り替える“変身”が持ち味だ。
イントロはハウスの四つ打ち、A メロで R&B のメロウネス、サビでメタルリフが爆発――という具合に、一曲内で複数ジャンルをコラージュする。
影響源として本人が挙げるのは、ブリトニー・スピアーズ、エヴァネッセンス、宇多田ヒカル、そして現代クラブのジャージークラブやハイパーポップ。
歌詞では家族、アイデンティティ、社会的不平等を真正面から扱い、日本語と英語を行き来するコードスイッチが、混在するルーツを象徴している。
代表曲の解説
“STFU!”
先行シングルとして衝撃を与えたニューメタル・アンセム。
歪んだリフと細かく刻むスクリームがアジア人差別への怒りを叩きつけ、サビで静けさと甘いメロディが一瞬だけ訪れるコントラストが圧巻。
“XS”
二〇〇〇年代 R&B を思わせるシンセベースと、ヘヴィメタルギターの同居。
歌詞は“過剰消費”を皮肉り、〈もっともっと〉というフックが頭から離れない。
MV では量産型美容液を売るテレビショッピングを演じ、資本主義批判をポップに昇華した。
“Hold the Girl”
タイトル曲にしてゴスペル調の壮大なバラード。
三拍子のビートが徐々にテンポアップし、終盤はダンスビートに転換。
内なる子どもを抱きしめるセルフヒーリングのメッセージが、多層的サウンドに乗って高揚を生む。
アルバムごとの進化
『RINA』(2017)
キラキラした Y2K シンセとウェブカルチャー感覚が前面に。
宅録的ローファイと PC Music 流の編集美学が交錯し、“インターネット少女の私小説”を提示。
『SAWAYAMA』(2020)
ニューメタル、ダブステップ、アリーナロックを大胆に接合。
家族史と移民としての経験を赤裸々に歌い、ポップの枠を越えた社会的アルバムとして高評価を獲得。
『Hold the Girl』(2022)
UK ハードコアレイヴ、フォーク、ゴスペルが溶け合い、作家性がさらに拡張。
内面の癒やしと社会への呼びかけを同時に描き、“ビッグポップ”の新形態を示した。
影響を受けたアーティストと音楽
・ブリトニー・スピアーズと宇多田ヒカルのメロディ至上主義
・リンキン・パークや Korn の重低域とカタルシス
・マドンナの自己変容、レディー・ガガのクィアアイコン性
・PC Music 勢のサイバー質感と、自身の J-POP ルーツが独特の甘味を添える。
影響を与えたアーティストと音楽
「アジアン・ディアスポラ×ジャンル横断ポップ」の旗手として、US・UK の新人たちが Rina の方法論を参照。
特に Lyn Lapid や Wallice といった Z 世代シンガーが、メタルギター+ポップボーカルのハイブリッドを導入し始めている。
また、ファッション界でもジェンダーニュートラルなスタイリングが注目され、Gucci とのコラボは多文化共生の象徴として語られた。
オリジナル要素
- ステージ毎に変わる演劇的セット
ジャパニーズ銭湯を模したステージや、巨大回転ドアを使ったトランスフォーマティブ演出で観客を物語へ引き込む。 - リスナー参加型“Chosen Family Project”
ファンが自身の物語を投稿し、ツアーのスクリーン映像に反映。
コンサートを〈もう一つの家族〉の集会に変える試みが支持を集めている。 - 交差言語リリック
一つのラインで日本語と英語を混在させ、母語と第二言語の狭間にいる感覚を可聴化。
まとめ
Rina Sawayama は、個人的な記憶と社会的メッセージ、そして多様な音楽語法を緻密に編み込み、“ポップとは何か”という問いを更新し続けている。
彼女の楽曲に触れるとき、リスナーは懐かしさと未知の興奮を同時に味わい、アイデンティティの境界がゆらぐ心地よさを体感するだろう。
次なるステージで彼女がどんな変身を遂げるのか、その瞬間を共に目撃したい。
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