
発売日:1992年7月21日
ジャンル:オルタナティブ・ロック、ノイズ・ロック、グランジ、インディー・ロック、ポストパンク、アート・ロック
概要
Sonic Youthの7作目『Dirty』は、1990年代初頭のオルタナティブ・ロックの爆発的な拡大と、1980年代から続くニューヨーク地下シーンの実験精神が交差した重要作である。前作『Goo』でメジャー・レーベルDGCへ移籍したSonic Youthは、アンダーグラウンドのノイズ・ロック美学を保ったまま、より広い聴衆の前へ出ることに成功した。その後、1991年にNirvanaの『Nevermind』が世界的な成功を収め、オルタナティブ・ロックは一気にメインストリームの中心へ押し上げられた。『Dirty』は、その直後の1992年に発表された作品であり、Sonic Youthが自分たちのノイズと不協和を、よりラウドで、より肉体的で、よりロックとして機能する形へ整えたアルバムである。
本作のプロデューサーは、Nirvana『Nevermind』を手がけたButch Vigである。この点は非常に重要である。Butch Vigは、荒々しいギター・バンドのエネルギーを保ちながら、音を太く、輪郭を明確にし、ラジオや大きな会場でも通用する音像へ変換する手腕に長けている。『Dirty』でもその特徴ははっきり表れている。Sonic Youth特有の変則チューニング、不協和なギター、ノイズの層は残されているが、サウンド全体は『Goo』よりもさらに厚く、重く、攻撃的である。タイトル通り、音は「汚れて」いる。しかし、その汚れはただの粗さではなく、非常に計算された汚れである。
1980年代のSonic Youthは、『Confusion Is Sex』『Bad Moon Rising』でノーウェーブ以降の不穏な地下性を提示し、『EVOL』『Sister』でノイズとメロディの関係を深め、『Daydream Nation』でインディー・ロック史に残る巨大な到達点を作った。『Goo』ではメジャー移籍に伴い、ノイズとポップの緊張関係をより明確に打ち出した。『Dirty』は、その流れの中で最もラウドで、最も1990年代的な作品である。ここではSonic Youthの音が、グランジやオルタナティブ・メタルの時代の空気と接続している。
ただし、『Dirty』を単純にSonic Youthの「グランジ化」と見るのは不十分である。確かにギターは重く、音圧は増し、「100%」「Youth Against Fascism」「Sugar Kane」などには、90年代オルタナティブの即効性がある。しかし、Sonic Youthの本質は決して失われていない。ギターは通常のハードロックのように安定したリフだけを弾くのではなく、ねじれ、不協和に鳴り、曲の中で異物のように振る舞う。メロディはあるが、常にどこか歪んでいる。怒りはあるが、まっすぐな政治スローガンや青春の自己憐憫には収まらない。彼らは時代に合わせたのではなく、時代の方が一時的に彼らのノイズへ近づいたとも言える。
歌詞の面では、暴力、政治、性、身体、消費文化、若者の怒り、女性像、メディア、戦争、ファシズムへの反発などが断片的に現れる。Thurston Mooreのヴォーカルは、以前よりもロック・フロントマンらしい勢いを持つ場面が増えたが、依然として気だるく、皮肉っぽい。Kim Gordonは本作でも非常に重要で、「Swimsuit Issue」「Drunken Butterfly」「Shoot」などで、女性の身体が消費され、見られ、支配される構造を冷たく、時に攻撃的に歌う。Lee Ranaldoは「Wish Fulfillment」などで詩的な内省を持ち込み、アルバムに深みを加える。Steve Shelleyのドラムは、Butch Vigのプロダクションのもとでさらに強く、重く鳴り、Sonic Youthのノイズを巨大なロック・サウンドとして支えている。
『Dirty』というタイトルは、本作の性格を非常によく表している。ここでの「汚れ」は、音の歪みだけではない。政治の汚れ、メディアの汚れ、欲望の汚れ、身体の汚れ、消費文化の汚れ、そしてロックそのものが持つ下品さや暴力性が含まれる。Sonic Youthはそれらを清潔に批評するのではなく、自らも汚れた音の中に入り込みながら鳴らしている。そのため本作は、単なる怒りのアルバムではなく、汚れた社会の中で汚れた音を鳴らすことの意味を問う作品になっている。
キャリア上の位置づけとして、『Dirty』はSonic Youthが最も時代のメインストリームに近づいたアルバムの一つである。だが、彼らは完全には溶け込まなかった。メジャーの大きな音像を利用しながら、そこにノイズ、フェミニズム、政治的な怒り、アート的な引用、不協和音を持ち込んだ。その意味で『Dirty』は、1990年代オルタナティブ・ロックの商業化と、アンダーグラウンド精神の抵抗が同時に存在する作品である。
全曲レビュー
1. 100%
オープニング曲「100%」は、『Dirty』の方向性を一気に提示する代表曲である。荒々しいギター・リフ、タイトなドラム、短く鋭い構成によって、Sonic Youthとしては非常に即効性の高いロック・ソングになっている。『Daydream Nation』の長尺で広がる構成とは異なり、ここでは音がコンパクトに圧縮され、衝撃として提示される。
歌詞は、Sonic Youthの友人でもあったJoe Coleの殺害事件に触発されたものとして知られ、暴力と喪失の感覚が背景にある。ただし、曲は直接的な追悼バラードではない。むしろ、都市の暴力、若者の死、無意味な喪失を、乾いた怒りと不条理として鳴らしている。Thurston Mooreのヴォーカルは淡々としているが、その淡々とした調子がかえって事件の冷たさを強める。
サウンドは非常にラウドで、Butch Vigのプロダクションによってギターの塊が太く鳴る。だが、リフは通常のハードロック的な安定感ではなく、Sonic Youth特有のズレを含んでいる。「100%」は、メジャー期Sonic Youthの入口として非常に分かりやすい楽曲であり、本作のラウドで汚れた美学を象徴する曲である。
2. Swimsuit Issue
「Swimsuit Issue」は、Kim Gordonがリード・ヴォーカルを取る、本作の批評性を象徴する楽曲である。タイトルは水着特集号を意味し、女性の身体がメディアによって商品化され、視線の対象として消費される構造を思わせる。Kim Gordonはこの曲で、その構造を内側から冷たく切り裂く。
サウンドは鋭く、リズムは前のめりで、ギターは攻撃的に鳴る。Kimの声は、感情を大きく爆発させるというより、冷笑と怒りが混ざったように響く。彼女のヴォーカルは、ロックにおける女性表現の型をなぞらない。セクシーさを売り物にするのではなく、その売り物にされる構造自体を不快な音で照らし出す。
歌詞では、男性中心のメディア産業、女性へのまなざし、職場や社会における性的な権力関係が断片的に示される。特定の実在人物やスキャンダルを連想させるような要素もあり、非常に時代的な怒りを持つ曲である。『Dirty』における「汚れ」は、ここでは視線と権力の汚れとして表れている。
3. Theresa’s Sound-World
「Theresa’s Sound-World」は、Sonic Youthらしい音響的な広がりを持つ楽曲であり、『Dirty』の中でも特に夢幻的で不穏な曲である。タイトルが示す通り、ここでは特定の人物の内面世界、あるいは音によって作られた私的な空間が描かれる。Sonic Youthのギターは、単に曲を支える楽器ではなく、世界そのものを作る装置として機能する。
サウンドはゆっくりと展開し、ギターの層が不安定に広がる。『Dirty』全体がラウドで攻撃的なアルバムである一方、この曲では音の空間性が強調される。ギターは美しくもあるが、完全には安心できない。透明な響きの奥に、歪みや不協和が潜んでいる。
歌詞は断片的で、Theresaという人物像を明確に説明しない。むしろ、彼女の世界が音として漂っているような印象を与える。Sonic Youthにおいて人物名は、しばしば具体的なキャラクターであると同時に、都市や記憶や欲望の記号にもなる。この曲は、ラウドな本作の中で、バンドの詩的で音響的な側面を示す重要な楽曲である。
4. Drunken Butterfly
「Drunken Butterfly」は、Kim Gordonのヴォーカルが強烈に前面に出た、本作屈指のロック・ナンバーである。タイトルは「酔った蝶」を意味し、美しさ、脆さ、混乱、身体の制御不能が重なったイメージを持つ。蝶は一般的に軽やかで美しい存在だが、「drunken」という言葉によって、その美しさは不安定で危ういものになる。
サウンドは非常にパワフルで、ギターは厚く、ドラムは重い。Kim Gordonの声は荒く、挑発的で、曲全体を押し切る。ここには、初期Sonic Youthの冷たいノイズとは異なる、より肉体的なロックの快感がある。しかし、その快感は単純に明るいものではなく、混乱と怒りを含んでいる。
歌詞では、酔い、身体、欲望、自己像の崩れが描かれる。Kimの歌は、女性の身体を外側から見られるものとしてではなく、内側から揺れ、壊れ、叫ぶものとして提示する。「Drunken Butterfly」は、Sonic Youthのノイズ・ロックと90年代オルタナティブのラウドなエネルギーが強く結びついた楽曲である。
5. Shoot
「Shoot」は、Kim Gordonによる不穏で緊張感のある楽曲である。タイトルは「撃つ」という暴力的な意味を持つと同時に、写真を撮る、映像を撮るという意味もある。この二重性は、Sonic Youthに非常に合っている。暴力と視線、銃とカメラ、身体とメディアが重なり合うからである。
サウンドは、激しいロックというより、低く沈むような不安を持つ。曲は静かな緊張を保ち、Kim Gordonの声は語りに近い。彼女のヴォーカルは、何かを告白しているようでありながら、聴き手を完全には近づけない。距離感が非常に重要である。
歌詞では、女性の身体、妊娠、中絶、暴力、逃走のようなイメージが暗示される。明確なストーリーとして語られるわけではないが、身体が他者や社会によって管理される感覚が強く漂う。「Shoot」は、『Dirty』の中でも特に重く、Kim Gordonのフェミニスト的視点が鋭く表れた曲である。
6. Wish Fulfillment
「Wish Fulfillment」は、Lee Ranaldoがリード・ヴォーカルを取る楽曲であり、『Dirty』の中でも特にメロディアスで内省的な美しさを持つ曲である。タイトルは「願望充足」を意味し、心理学的な響きもある。欲望がどのように夢や記憶の中で形を取るのか、あるいは満たされない願いがどのように音になるのかを感じさせる。
サウンドは比較的穏やかに始まり、ギターの響きは広がりを持つ。Lee Ranaldoの声は、Thurston MooreやKim Gordonとは異なり、より詩的で柔らかい。Sonic Youthの中で彼が歌う楽曲は、しばしばアルバムに独特の余白と叙情性を与える。この曲もその典型である。
歌詞では、願望、記憶、視覚、距離が曖昧に重なる。Sonic Youthの音楽では、欲望は単純に満たされるものではなく、歪み、反復し、ノイズとして残る。「Wish Fulfillment」は、本作のラウドな怒りの中に、より夢のような内面性を持ち込む重要曲である。
7. Sugar Kane
「Sugar Kane」は、『Dirty』の中でも最もメロディアスで、Sonic Youthのポップな側面が美しく表れた楽曲である。タイトルはMarilyn Monroeが映画『お熱いのがお好き』で演じたSugar Kaneを連想させ、甘さ、映画的な女性像、セレブリティ、欲望のイメージが重なる。Sonic Youthらしいポップ・カルチャーへの引用がここにもある。
サウンドは比較的明るく、ギターの旋律も印象的である。しかし、その明るさは完全なポップではない。変則チューニングによる独特の揺れ、ノイズの残響、少し歪んだメロディが、曲にSonic Youthらしい不安定さを与えている。Thurston Mooreのヴォーカルは気だるく、ロマンティックでありながら距離を保っている。
歌詞では、Sugar Kaneという名前が持つ映画的な魅力や、甘美なイメージが揺らぐ。美しい女性像、欲望、消費されるイメージ、ノスタルジアが混ざり合う。「Sugar Kane」は、Sonic Youthがノイズだけでなく、美しいギター・ポップも作れるバンドであることを示す名曲であり、本作の中でも特に聴きやすい楽曲である。
8. Orange Rolls, Angel’s Spit
「Orange Rolls, Angel’s Spit」は、タイトルからして非常に奇妙で、Sonic Youthらしい感覚的な言葉の組み合わせを持つ楽曲である。オレンジ色のロール、天使の唾液というイメージは、甘さ、身体性、宗教的な純粋さと汚れが奇妙に混ざっている。美しいものと不快なものを同時に置く発想が、本作の「Dirty」というテーマとも響き合う。
サウンドは荒く、コンパクトで、アルバム後半に不穏な勢いを与える。ギターは鋭く、リズムもタイトで、曲は長く引き延ばされずに進む。Sonic Youthの短いノイズ・ロック曲として、感覚的な衝撃を重視している。
歌詞は明確な物語を持たず、タイトルと同じく断片的なイメージが中心である。甘いもの、天使的なもの、唾液という身体的で汚れたもの。これらが組み合わされることで、清潔な美しさへの不信感が生まれる。Sonic Youthは美と汚れを分けず、むしろその混ざり合う瞬間を音にしている。
9. Youth Against Fascism
「Youth Against Fascism」は、本作の中でも最も政治的で、直接的な怒りを持つ楽曲である。タイトルは「ファシズムに対抗する若者」を意味し、Sonic Youthとしては珍しくスローガン的な明快さがある。1990年代初頭のアメリカ社会における保守主義、権威主義、人種差別、政治的抑圧への反発が、非常にストレートに表れている。
サウンドは荒々しく、ギターは鋭く鳴り、リズムは前のめりである。曲は短く、怒りを凝縮して投げつけるように進む。Thurston Mooreのヴォーカルは皮肉と苛立ちを含み、歌詞の攻撃性を強く支えている。Sonic Youthの中でも、パンク的な政治性が最も明確に現れた曲の一つである。
歌詞では、ファシズム、権力、警察、保守的な政治家、社会の暴力性に対する怒りが表明される。抽象的なアート・ロックではなく、かなり直接的な反権威の曲である。ただし、Sonic Youthらしく、その怒りは完全に整理された政治声明ではなく、ノイズと皮肉の中に投げ込まれている。「Youth Against Fascism」は、1990年代オルタナティブが持っていた政治的緊張を象徴する楽曲である。
10. Nic Fit
「Nic Fit」は、Washington D.C.のハードコア・バンドUntouchablesの楽曲のカバーであり、アルバム中でも最も短く激しいトラックの一つである。タイトルはニコチン切れの苛立ちを連想させ、短時間で爆発する衝動を示している。Sonic Youthがハードコア・パンクの直接性を自分たちの文脈へ取り込んだ曲である。
サウンドは非常に速く、荒い。ギターは鋭く、ドラムは一気に走り、曲はあっという間に終わる。長尺のノイズ展開や複雑な構成ではなく、純粋な爆発として機能する。Sonic Youthがアート的なバンドであると同時に、パンク/ハードコアのエネルギーも共有していたことを示している。
歌詞や曲の意味は、短さと衝動そのものにある。ニコチン切れの神経質な苛立ち、身体の中で起こる小さな暴動。それが音として表現される。「Nic Fit」は、『Dirty』の中で一瞬だけ現れるハードコア的な切断面であり、アルバムの勢いを保つ役割を持つ。
11. On the Strip
「On the Strip」は、都市の通り、商業地区、夜の消費空間を連想させる楽曲である。「strip」という言葉には、大通り、歓楽街、脱衣、見世物といった複数の意味があり、Sonic Youthらしく、都市と身体と消費が重なるタイトルになっている。
サウンドはミドルテンポで、やや不気味な空気を持つ。ギターは大きく鳴るが、疾走するというより、街の光や広告の中を漂うように響く。曲全体には、ネオンの下の倦怠や、商業空間の冷たさがある。『Dirty』の中では、ラウドな曲とは異なる都市的な陰影を担う楽曲である。
歌詞では、通りにいる人々、見られる身体、消費される欲望が断片的に描かれる。ストリップは娯楽であると同時に、身体を商品化する空間でもある。Sonic Youthはそうした場所を、単純な批判対象としてではなく、欲望と嫌悪が混ざる場所として描く。この曲は、本作の都市的で汚れた感覚を深めている。
12. Chapel Hill
「Chapel Hill」は、ノースカロライナ州の音楽シーンを連想させるタイトルを持つ楽曲であり、Sonic Youthのインディー・ロック・ネットワークへの意識を感じさせる曲である。Chapel Hillは、SuperchunkやMerge Recordsなど、1990年代インディー・ロックにおいて重要な土地でもあり、アメリカ地下音楽の地図の一部として機能する。
サウンドは比較的メロディアスで、ギターの響きには広がりがある。アルバム後半の中では、少し開けた空気を持つ楽曲であり、ラウドな怒りだけではないSonic Youthの魅力を示している。Thurston Mooreのヴォーカルは気だるく、都市から少し離れたインディー・ロック的な空気も感じさせる。
歌詞は、場所、若者、音楽、逃避、仲間意識のようなイメージを断片的に含む。Sonic Youthはニューヨークのバンドだが、彼らの影響圏はアメリカ各地のインディー・シーンに広がっていた。「Chapel Hill」は、その広がりを示すような曲であり、本作の中でやや温度の異なる一面を持っている。
13. JC
「JC」は、Joe Coleへの追悼的な意味を持つ楽曲であり、本作の中でも重く沈んだ感情を持つ。Joe ColeはBlack FlagのHenry Rollinsと共にいた際に殺害された人物であり、Sonic Youth周辺の音楽コミュニティに大きな衝撃を与えた。この事件は「100%」にも影を落としているが、「JC」ではより内省的で暗い形で表れる。
サウンドは重く、ゆっくりとした緊張を持つ。ギターは荒々しく爆発するのではなく、深い不安を作る。曲全体には喪失感があり、通常の追悼曲のように美しく慰めるのではなく、事件の不条理と暴力の冷たさをそのまま残している。
歌詞では、死、喪失、記憶、怒りが断片的に示される。Sonic Youthは悲しみを直接的なバラードにはしない。むしろ、言葉にしにくい喪失を、不協和なギターと重い空気として提示する。「JC」は、『Dirty』の中で暴力の現実を最も深く感じさせる楽曲である。
14. Purr
「Purr」は、アルバム終盤で比較的メロディアスな響きを持つ楽曲である。タイトルは猫が喉を鳴らす音を意味し、親密さ、身体性、柔らかさを連想させる。しかし、Sonic Youthにおいてその柔らかさは常に少し歪んでいる。完全に安心できる親密さではなく、ノイズを含んだ近さである。
サウンドは明るく、ギターの響きも比較的開かれている。『Dirty』の中では聴きやすい曲の一つであり、Thurston Mooreのメロディ感覚がよく出ている。だが、ギターはやはり普通のパワーポップのようには鳴らない。変則チューニング特有の揺れが、曲にSonic Youthらしい違和感を与えている。
歌詞では、親密さ、欲望、柔らかい身体感覚が感じられる。タイトルの「Purr」は、言葉になる前の身体の反応でもある。Sonic Youthは、言葉で説明できない感覚を、ギターの響きや声の距離感で表現する。「Purr」は、本作の汚れたラウドさの中に、少し甘く歪んだポップ性を持ち込む楽曲である。
15. Créme Brûlée
アルバムを締めくくる「Créme Brûlée」は、タイトルからして甘く、洒落たデザートを連想させる。しかし、Sonic Youthがこの言葉を使うと、それは単なる甘美さではなく、表面の焦げ、内部の柔らかさ、甘さと焼けた苦味が混ざるイメージになる。『Dirty』の終曲として、このタイトルは非常に象徴的である。
サウンドはゆるく、どこか崩れた感触を持つ。アルバム全体のラウドな緊張を一気に解決するのではなく、少し脱力した、しかし不穏な余韻を残して終わる。Kim Gordonの声は気だるく、曲全体には即興的でラフな空気もある。整った終幕ではなく、汚れた余韻のまま終わるところがSonic Youthらしい。
歌詞では、甘さ、身体、欲望、消費の感覚が曖昧に漂う。クレームブリュレという洗練されたデザートのイメージと、曲のラフなノイズ感が衝突することで、上品さと汚れが混ざる。『Dirty』というアルバムは、最後まで清潔な結論を拒む。甘いものも、焦げ、崩れ、汚れている。この終曲は、その姿勢を静かに示している。
総評
『Dirty』は、Sonic Youthの作品の中でも最もラウドで、最も90年代オルタナティブ・ロックの時代感を強く持つアルバムである。『Daydream Nation』のような壮大な構成美や、『Sister』のような緊張感のある美しさとは異なり、本作はより直接的で、重く、攻撃的である。しかし、単なるギター・ロックの重量化ではない。Sonic Youth特有の不協和音、変則チューニング、皮肉、フェミニスト的視点、ポップ・カルチャーへの批評が、ラウドな音像の中にしっかり残っている。
Butch Vigのプロダクションは、本作の性格を大きく決定している。音は太く、ドラムは力強く、ギターは迫力を持って鳴る。Sonic Youthのノイズは、ここでは地下室の不穏な響きというより、大きな会場でも通用する巨大なノイズ・ロックとして提示される。これは一歩間違えればバンドの個性を薄める危険もあったが、『Dirty』ではむしろ、Sonic Youthの異質さをより大きな音で聴かせる結果になっている。
本作の中心には、汚れた社会への感覚がある。「Swimsuit Issue」では女性の身体を商品化するメディアの汚れが、「Youth Against Fascism」では政治的な権威主義への怒りが、「Shoot」では身体の管理と暴力が、「JC」では現実の殺人事件が反映される。『Dirty』というタイトルは、単にギターの歪みを指しているのではない。社会そのものが汚れており、Sonic Youthはその汚れに対して、きれいな音ではなく汚れた音で応答している。
Kim Gordonの存在は、本作で特に重要である。彼女が歌う曲は、アルバムに鋭い批評性と身体的な緊張を与えている。「Swimsuit Issue」「Drunken Butterfly」「Shoot」「Créme Brûlée」は、女性の身体、欲望、暴力、消費文化を、甘くも分かりやすくもない形で提示する。Kim Gordonの声は、伝統的なロックの女性ヴォーカル像を拒否し、むしろその像を解体する力を持っている。
Thurston Mooreの楽曲は、本作にロック・アルバムとしての開かれた推進力を与えている。「100%」「Sugar Kane」「Youth Against Fascism」「Purr」などは、Sonic Youthとしては非常にフックが強く、メジャー期の代表曲として機能する。しかし、そのフックは決して完全なポップにはならない。ギターの響きには常にズレがあり、メロディは歪み、サウンドは清潔ではない。この不完全さこそがSonic Youthの魅力である。
Lee Ranaldoの「Wish Fulfillment」は、アルバムの中で重要な詩的余白を作っている。『Dirty』はラウドで攻撃的な作品だが、彼の楽曲が入ることで、音響的な広がりと内省が加わる。Sonic Youthは単一の人格を持つバンドではなく、複数の視点が交差するバンドである。その多声性が、アルバムに奥行きを与えている。
Steve Shelleyのドラムは、本作の重さと推進力を支える。Butch Vigのプロダクションによって、彼のドラムは以前よりも力強く録音され、バンド全体の音圧を底上げしている。Sonic Youthのギターは自由に揺れ、ノイズへ向かうが、ドラムがしっかり支えることで、曲は崩壊せずにロックとして機能する。
一方で、『Dirty』は評価が分かれる作品でもある。『Daydream Nation』や『Sister』のような繊細なギターの絡みや、長尺の構築美を求めるリスナーには、本作はやや時代のグランジ/オルタナティブの音圧に寄りすぎているように感じられるかもしれない。また、アルバム全体が長く、曲数も多いため、やや散漫に感じられる部分もある。しかし、その過剰さもまた、1992年という時代のSonic Youthをよく表している。オルタナティブ・ロックが急速に拡大する中で、彼らは自分たちのノイズを最大音量で鳴らしていた。
『Dirty』は、Sonic Youthがメジャーのロック市場に最も近づいた作品の一つである。しかし、彼らはそこで自分たちを完全に商品化しなかった。むしろ、商品化されるロックの中に、政治的な怒り、身体の不快感、ノイズ、フェミニズム、アート的な断片を持ち込んだ。本作は、メジャー時代のオルタナティブ・ロックが持っていた矛盾を非常によく示している。売れる可能性を持ちながら、売れやすさを完全には受け入れない。その緊張が『Dirty』の核心である。
1990年代オルタナティブ・ロック史の中でも、本作は重要な位置を占める。Nirvana以降、歪んだギターはメインストリームの音になったが、Sonic Youthはその歪みがもともとアンダーグラウンドの実験や不協和、都市の不安から来ていたことを思い出させる存在だった。『Dirty』は、グランジの時代にSonic Youthが自分たちのノイズをどのように更新したかを示すアルバムである。
日本のリスナーにとって本作は、Sonic Youthの中でも比較的入りやすいが、同時に十分に刺激的な作品である。「100%」「Sugar Kane」「Youth Against Fascism」などはロック・ソングとして聴きやすく、Kim Gordonの楽曲ではSonic Youthの批評性も強く味わえる。ノイズ・ロック、グランジ、オルタナティブ・ロック、ポストパンクに関心があるリスナーには、非常に重要な一枚である。
『Dirty』は、汚れたアルバムである。だが、その汚れは不注意な汚れではない。社会の汚れ、身体の汚れ、政治の汚れ、メディアの汚れ、ロックの汚れを引き受け、それを大きなギター・ノイズとして鳴らした作品である。Sonic Youthはここで、メジャーの音像を使いながら、清潔なロックを拒否した。その拒否こそが、本作を今なお鋭く響かせている。
おすすめアルバム
1. Goo by Sonic Youth
『Dirty』の前作であり、Sonic Youthがメジャー・レーベルへ移行した最初のアルバムである。「Kool Thing」「Dirty Boots」などを収録し、ノイズとポップ、アンダーグラウンドとメインストリームの緊張関係を明確に示している。『Dirty』の前提を理解するうえで欠かせない。
2. Daydream Nation by Sonic Youth
Sonic Youthの最高傑作として広く評価される1988年作であり、長尺の構成、変則チューニング、都市的なイメージ、ノイズとメロディの融合が壮大に結実している。『Dirty』のラウドさとは異なる、バンドの構築力と音響美を理解できる重要作である。
3. Sister by Sonic Youth
1987年発表の重要作で、ノイズ、メロディ、SF的なイメージ、ギターの浮遊感が高い水準で結びついている。『Dirty』よりもアンダーグラウンド色が強く、Sonic Youthのギター美学が美しく成熟し始めた作品として重要である。
4. Nevermind by Nirvana
Butch Vigがプロデュースした1991年の歴史的アルバムであり、オルタナティブ・ロックをメインストリームへ押し上げた作品である。『Dirty』の音作りや時代背景を理解するうえで重要であり、Sonic Youthがどのような状況の中で本作を発表したかが見えてくる。
5. Pod by The Breeders
1990年代初頭のオルタナティブ・ロックにおける女性視点、ノイズ、ポストパンク的な不穏さを理解するうえで重要な作品である。『Dirty』におけるKim Gordonの批評性や、当時のオルタナティブ・シーンにおける女性アーティストの存在感と強く響き合う。

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