発売日: 1987年10月26日
ジャンル: インディー・ポップ、ネオアコースティック、ポップ・ロック
概要
『Mainstream』は、Lloyd Cole and the Commotionsが1987年に発表した最後のスタジオ・アルバムであり、
デビューからわずか3年でキャリアを閉じた彼らの、知的ギターポップ三部作の終幕を飾る作品である。
タイトルの「Mainstream(主流)」には皮肉が込められており、商業的なポップシーンへの接近というよりも、
むしろ**“主流になれないことを自覚した者の孤独な決意”**として響く。
前作『Easy Pieces』で見られた軽快なポップ性は影を潜め、
本作ではより抑制されたトーンとメランコリックな構成、内省的なリリックが前面に出ている。
制作には時間を要し、プロデュースにはIan Stanley(Tears for Fears)やLanger & Winstanleyらが関与。
だが内部の緊張も高まっており、完成した作品は美しくも張り詰めた空気感を帯びた一枚となった。
本作をもってバンドは解散。
Lloyd Coleは翌年からソロキャリアへと舵を切るが、“ポップスの文学性”という旗を高く掲げたこの三部作の完結編として、『Mainstream』は今も特別な輝きを放っている。
全曲レビュー
1. My Bag
アルバムの幕開けを飾る、アップテンポなポップロック。
「My bag(俺の鞄)」という表現は隠語としてドラッグや逃避のニュアンスも持ち、
現実から逃れようとする都会的若者の疲弊と快楽主義が歌われる。
サウンドは明るく、ギターのカッティングも爽快だが、リリックには皮肉と空虚が潜んでいる。
2. From the Hip
スローで重めの展開が印象的な一曲。
不器用な人間関係と誤解の連鎖を描きながら、**“率直であることの代償”**をテーマに据えている。
ホーンやストリングスを排し、シンプルな音像に徹したアレンジが曲の寂寥感を際立たせる。
3. 29
Lloyd Coleがちょうど29歳を迎える時期に書かれたとされる曲。
「自分はもう若くない」と語る語り口には、**青春の終わりと“未熟なまま大人になってしまった感覚”**がにじむ。
タイトなビートと知的なリリックの対比が、極めてこのバンドらしい一曲。
4. Mainstream
タイトル曲にして、本作の中核をなす作品。
冷たく沈んだギターと静かな語り口調が、大衆性に対する諦観とニヒリズムを強調する。
「主流ってなんだ?」「誰の人生を生きているんだ?」という問いは、バンド自身への内省とも、80年代終盤の文化状況への皮肉ともとれる。
ミニマルなアレンジと冷ややかな空気が絶妙。
5. Jennifer She Said
本作中もっともキャッチーで、商業的にも成功したシングル。
「彼女は言ったのさ、愛はわからないって」と歌うこの曲は、
**失恋の瞬間を知的に、かつチャーミングに描いた“文学的ポップの見本”**のような一曲。
甘く軽快なメロディと、冷めた語り口のギャップが秀逸で、今なお色褪せない名曲。
6. Mr. Malcontent
曲名通り、どこか満たされない人物への視線を描く。
自虐的でもあり、同時にどこか滑稽な“厭世家”の姿は、
80年代ポストモダン社会の自画像としても読める。
ベースラインのループ感と、冷たいギターが引き込むミドルテンポの秀作。
7. Sean Penn Blues
俳優ショーン・ペンをタイトルに冠したユニークなトラック。
彼の激情型のパブリックイメージを通して、「怒り」と「表現」の境界線を問うような視点が込められている。
やや風刺的で、ロックンロール的なアプローチが際立つ楽曲。
8. Big Snake
前作『Easy Pieces』からの再録(またはタイトルの再利用)。
ここではよりテンポを抑え、不穏で影のあるサウンドに仕上げられており、
欲望や裏切り、関係性の崩壊を寓話のように描いたダーク・ポップ。
アルバム終盤にあって、緊張感を保つ重要な役割を果たしている。
9. Hey Rusty
哀愁を帯びたミッドテンポのナンバー。
“Rusty”という名の人物との会話を通じて、過去の自分や失われた理想と向き合う構成となっている。
音数を絞ったバックの演奏が、Lloyd Coleの語りに集中させる効果を生んでいる。
10. These Days
アルバムを締めくくるにふさわしい、穏やかでほの暗いバラード。
「この頃の僕は、うまく話せないんだよ」と歌うラストには、
沈黙と喪失、そしてほんの少しの希望が溶け込んでいる。
光ではなく、“光の名残り”で終わるような余韻が、非常に美しい。
総評
『Mainstream』は、若さゆえの衝動が去ったあとに残る、“賢さ”と“冷静さ”で作られたアルバムである。
『Rattlesnakes』で提示された文学性と洗練されたギターポップ、
『Easy Pieces』で試みられた大衆との接点。
その両方を引き継ぎながらも、本作は最も内省的で重たく、人生の複雑さを真正面から描いた作品となっている。
この時点でバンドは終焉を迎えるが、それは衰退ではなく、
一つの思想的完成を迎えたからこその“解散”であったとも言える。
商業性、知性、孤独、美学。
それらの交差点に立ち続けたLloyd Cole and the Commotionsが、
最後に提示したのは、決して華やかではないが、確かに美しい静かな決意だった。
おすすめアルバム(5枚)
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Tears for Fears – The Seeds of Love (1989)
内省的なポップの完成形。プロデューサーIan Stanleyの関係性も。 -
Talk Talk – Spirit of Eden (1988)
商業ポップからの脱却と、音楽的深淵への移行という意味で通じる一枚。 -
David Sylvian – Secrets of the Beehive (1987)
ポスト・ポップ的な静謐さと詩性の極致。 -
Blue Nile – A Walk Across the Rooftops (1984)
都会の孤独と情景を描いた同時代のもう一つの詩的傑作。 -
Lloyd Cole – Lloyd Cole (1990)
バンド解散後、Lloydが放ったソロ第1作。『Mainstream』の余韻を引き継ぐ続編のような作品。
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