アルバムレビュー：Sleeps with Angels by Neil Young & Crazy Horse

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 1994年8月16日
ジャンル: グランジ、フォーク・ロック、アート・ロック

夢の中で天使は眠る——Neil Young、死と再生の狭間に揺れる音のドキュメント

『Sleeps with Angels』は、Neil YoungがCrazy Horseとともに1994年に発表したスタジオ・アルバムであり、死、喪失、幻覚、そして静かな祈りが交錯する“黙示録的グランジ”とも言うべき深遠な作品である。

本作は、Kurt Cobainの自殺を背景とした暗い影を帯びており、特にアルバム・タイトルは彼の遺書中に引用されたヤングの詞（「It’s better to burn out than to fade away」）にショックを受けた彼自身が、その衝撃を音に刻んだ結果とされている。

『Ragged Glory』の爆音とは異なり、ここでは音の重さよりも“沈黙の密度”に近い空気感が支配する。
ピアノ、木管、逆回転音、テープ処理などが用いられ、Crazy Horseとのコラボとしては異例のほどにサイケデリックで内省的な音響世界が展開されている。

1. My Heart
トイピアノのようなサウンドと語りかけるようなヴォーカルで始まるオープナー。純粋さと喪失の感覚が同時に押し寄せる、夢の入口のような曲。

2. Prime of Life
ストリングスと木管を用いた浮遊感のあるアレンジ。人生の“最盛期”を振り返るも、すでにそこには光が届いていないような陰影がある。

3. Driveby
日常の中に潜む暴力や不条理を、淡々とした語り口で描写。聴き手に強く語りかけるというより、“記録する”ことに徹したような距離感。

4. Sleeps with Angels
タイトル曲にして、Cobainへの追悼曲とされる名曲。ピアノとリバーブの効いたヴォーカルが幽玄な空間をつくりあげ、ヤングの“赦し”が感じられる鎮魂歌。

5. Western Hero
アメリカの“英雄”の空虚さと変容をテーマにしたナンバー。ドラムのうねりとギターの反復が、“伝説”の崩壊を静かに告げる。

6. Change Your Mind
本作の白眉とも言える14分超の長尺ジャム。演奏の反復が聴き手の意識を深部へ引き込むような、内観的サイケデリア。 愛と赦しのテーマが繰り返される。

7. Blue Eden
逆再生、ダブ処理、沈黙の挿入などを駆使した実験的なサウンド。夢の中で時間が歪むような“音の迷宮”。

8. Safeway Cart
スーパーマーケットのカートを押す女性という日常風景から、不穏な世界観が広がる。ニールらしい観察の眼差しと社会的暗喩が重なる。

9. Train of Love
本作の中では比較的オーソドックスなカントリー・ロック。愛の継続、別れ、移動を“列車”に託すという、アメリカーナ的象徴性が鮮やか。

10. Trans Am
車、道、速度——ニールお得意のモチーフを用いた一曲だが、ここではむしろアイデンティティの崩壊と再構築のメタファーとして機能している。

11. Piece of Crap
唯一のパンキッシュでラウドな楽曲。「これはクズだ！」と連呼することで、アルバム全体に溜まった静けさを一気に吹き飛ばす“ノイズのカタルシス”。

12. A Dream That Can Last
木管とピアノによる穏やかなフィナーレ。夢、記憶、再生——“永続する夢”にそっと身を委ねるような、深い静寂に満ちたラスト。

『Sleeps with Angels』は、Neil Youngが“死と喪失”という巨大な主題に真正面から向き合い、ギターの爆音ではなく静けさと歪みを用いて描いた、静謐で崇高な作品である。

若き友人カート・コバーンの死に心を揺さぶられながらも、彼はこのアルバムで悲しみを言葉にせず、むしろ音の空白や曖昧な輪郭に託すことで、より深く聴き手に訴えかけることに成功した。

爆音を封印し、余白に意味を込めたその構成は、ニール・ヤングのディスコグラフィにおいても特異かつ不可欠な存在となっている。
それは単なる追悼ではなく、“この世界のどこかにまだ音楽がある”という信念を、静かに灯し続けるための祈りの記録なのだ。