発売日: 1976年9月20日
ジャンル: カントリー・ロック、フォーク・ロック、ソフト・ロック
友情の記憶と、すれ違う旅路のうた——Neil YoungとStephen Stills、たった一度の“再会録”
『Long May You Run』は、Neil YoungとStephen Stillsによるデュオ・プロジェクト“The Stills-Young Band”名義で発表された1976年のアルバムであり、Buffalo Springfield以来の盟友が再び交差した、ある種の“過去との和解と決別の記録”でもある。
当初はCrosby, Stills, Nash & Youngの再結成アルバムとして計画されていたが、制作途中でDavid CrosbyとGraham Nashが離脱し、結果としてスティルスとヤングの2人によるアルバムとなった。この経緯は音楽的な仕上がりにも色濃く影響を与えており、統一感には欠けるが、それぞれの個性がくっきりと対比される構造となっている。
ヤングの内省的で詩的な楽曲と、スティルスのソウルフルで構成的な楽曲が交互に配置されることで、2人の“似て非なる感性”が浮き彫りとなる。その緊張関係こそがこのアルバムの魅力でもあり、親密さと距離感の同居する奇妙な作品として今なお語り継がれている。
全曲レビュー
1. Long May You Run(Young)
タイトル曲にして本作の象徴。ヤングがかつて乗っていた1953年製の車“Mort”に捧げられた曲だが、実際には“失われた時間”や“過去の旅”全体へのレクイエムとして機能している。穏やかで慈しみに満ちたメロディが印象的。
2. Make Love to You(Stills)
スティルス節全開のソウル・ロック・ナンバー。サックスやキーボードが重厚に絡み合い、ラヴ・ソングとしての説得力を持っている。
3. Midnight on the Bay(Young)
サーファーや港町の情景が浮かぶ、メロウなレイドバック・トラック。静かな孤独と自然への回帰を感じさせる、ヤングらしい小品。
4. Black Coral(Stills)
“黒い珊瑚”という神秘的なイメージをもとに、人間関係の深淵を探るような楽曲。やや過剰なアレンジの中に、スティルスの耽美性が滲む。
5. Ocean Girl(Young)
明快でポップなカントリー・ロック。歌詞は軽やかだが、どこか拭いきれない哀愁と孤独感が残る。
6. Let It Shine(Young)
ゴスペル的要素も取り入れた、スピリチュアルなトーンを持つ楽曲。希望と信仰、再生をテーマにした異色のヤングソング。
7. 12/8 Blues (All the Same)(Stills)
12/8拍子を基調としたブルージーなナンバー。メロディアスだが冗長気味で、評価の分かれる一曲。
8. Fontainebleau(Young)
ヤングの中でもかなり実験的な楽曲。高級ホテルを舞台に、現代社会への不信とアイロニーをにじませた不穏な詩世界が広がる。
9. Guardian Angel(Stills)
ラストを飾るのはスティルスによる温かなバラード。ややロマンティックに寄りすぎた感もあるが、アルバム全体の余韻としては心地よい。
総評
『Long May You Run』は、“過去を振り返りながら、同じ景色を見ていても違う場所に立っている2人の男”が、それぞれのペースで語った一冊の日記のようなアルバムである。
ニール・ヤングは内側を見つめ、抽象的なイメージを丁寧に紡ぐ。一方スティーヴン・スティルスは、外向的に、音の力で愛や情熱を語ろうとする。そのどちらもが強く、しかし決して完全には溶け合わない。
結果として生まれたのは、二人の対話というよりも“すれ違う独白の往復書簡”のような音楽だ。だがその不均衡さが、むしろ人間関係の複雑さや、友情と創造の繊細なバランスをリアルに浮かび上がらせている。
タイトル曲「Long May You Run」の美しさは特筆に値する。この一曲があるだけで、本作は“いつかまた出会えることを信じる人すべてへの祝福”として成立しているのかもしれない。
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Stephen Stills / Stephen Stills
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Crosby & Nash / David Crosby & Graham Nash
CSN&Yの別軸として、コーラスワークと詩的な感性が味わえる美しいアルバム。
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