アルバムレビュー：English Settlement by XTC

発売日: 1982年2月12日
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、アートポップ、フォークロック

概要

『English Settlement』は、XTCが1982年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの音楽的野心と創作美学が最高度に結実した、キャリアの中でも最も重要かつ革新的な作品のひとつである。
2枚組（アナログ）の大作としてリリースされた本作は、ハードなリフとスピーディな展開が特徴だった初期XTCのイメージを大きく覆し、アコースティックギターを中心とした抒情的で緻密なサウンドスケープが広がっている。

“English Settlement”というタイトルは、英国という共同体の構造やアイデンティティ、伝統と現代の衝突といったテーマを暗示し、アルバム全体に流れるリリックも個人的感情から政治的視点、文化的ノスタルジアまで多層的に展開される。
同時に、バンドとしての方向性にも転機が訪れた時期であり、この直後アンディ・パートリッジがライブ活動からの撤退を表明。
以降、XTCは完全な“スタジオ・バンド”としての道を歩むこととなる。

音楽的には、ポリリズムやアフリカン・ビート、フォーク、室内楽的アレンジなど多様な要素が取り入れられ、ニュー・ウェイヴという枠を超えた“英国ポップの金字塔”として、多くのアーティストに影響を与えた。

全曲レビュー

1. Runaways

コリン・モールディングによる、家出少年をテーマにした内省的なオープナー。
繊細なアコースティックギターと柔らかいリズムが、郊外の陰影を描くように響く。

2. Ball and Chain

“ボールと鎖”＝拘束と支配の象徴をテーマにしたポップソング。
歯切れの良いリフとシニカルな歌詞が、労働者階級と国家権力の軋轢を軽快に風刺する。

3. Senses Working Overtime

本作最大のヒット曲であり、XTCを代表するナンバー。
“視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚”の5感をフル稼働させて世界を感じるというテーマが、壮大でキャッチーなメロディに昇華されている。
サビの高揚感とフォークロア的展開が印象的。

4. Jason and the Argonauts

ギリシャ神話をモチーフにした、旅と探求を描いた7分超の大作。
中盤のインストゥルメンタル的展開や、ゆるやかに移ろうアンサンブルが、まるで一篇の物語を紡ぐよう。

5. No Thugs in Our House

若者の暴力と家族の否認を描いた、XTC流の社会派ロック。
語り部的視点と物語構成が特徴で、サウンドは攻撃的ながらメロディアス。
ロック・オペラのような緊張感を持つ。

6. Yacht Dance

アコースティック主体の端正なポップソング。
“ヨットの上でのダンス”という幻想的な設定の中に、階級と欲望への皮肉が織り込まれている。
メトリックな変拍子が印象的で、知的かつ美麗。

7. All of a Sudden (It’s Too Late)

“すべてが急に遅すぎた”という感情の機微を、滑らかなコード進行と哀愁ある旋律で表現。
時間と後悔をテーマにした叙情的な一曲。

8. Melt the Guns

“銃を溶かせ”というメッセージをポリリズムと呪術的コーラスにのせた、最も政治色の強いトラック。
反戦と平和を歌うが、説教臭さはなく、音楽的にも実験性が高い。

9. Leisure

“怠惰”をテーマにした風刺的ポップソング。
退屈と快楽の境界を探るような不協和なコード進行と、鈍重なリズムが特徴的。

10. It’s Nearly Africa

アフリカ音楽へのオマージュであり、同時に文化盗用への皮肉とも読める難解な曲。
パーカッシヴな展開と詩的な歌詞が、XTCの“ワールドミュージック的感性”を示す。

11. Knuckle Down

“肌の色を超えて仲間になろう”というテーマの、明確な反レイシズム・ソング。
ストレートでありながら誠実なメッセージが心に残る。

12. Fly on the Wall

社会の片隅に潜む“傍観者の視点”を、スリリングなリズムとストレンジなコードで描いた異色作。
観察と疎外というXTCらしい主題が浮かび上がる。

13. Down in the Cockpit

比喩的なタイトルとともに、性や支配関係をめぐる心理的葛藤を描く。
コミカルで不穏なコード進行が印象的。

14. English Roundabout

モールディングによる英国的日常描写。
ロンドン郊外のロータリー（ラウンドアバウト）を舞台に、目まぐるしく変化するビートが交通の流れを再現する。

15. Snowman

“雪だるま”というモチーフで、冷え切った感情や壊れやすい関係性を象徴的に描いたラスト曲。
冬の静けさと終焉感が、美しいメロディに包まれて響く。

総評

『English Settlement』は、XTCがパンク／ニュー・ウェイヴの枠組みから飛び出し、英国的叙情と知性を土台にした“新しいアートポップ”の領域へと歩みを進めた決定的作品である。
政治、社会、家族、神話、自然――あらゆる主題が有機的に絡み合い、1曲ごとに異なる表情を持ちながらも、全体としてはひとつの“英国の肖像”を描いている。

また、音楽的にもアコースティックとエレクトリック、シンプルと複雑、叙情と批評が絶妙なバランスで配置されており、スタジオバンドとしてのXTCの才覚が爆発している。
『English Settlement』は、個人と社会、詩と音楽、ユーモアとシリアスが交錯する“英国ポップの叙事詩”であり、XTCというバンドの最初の頂点を刻んだ作品なのだ。