発売日: 1970年7月14日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アートロック、サイケデリック・ポップ
概要
『Supertramp』は、イギリスのプログレッシブ・ロック・バンド、スーパートランプが1970年に発表したデビュー・アルバムである。
後年『Breakfast in America』（1979年）で世界的成功を収める彼らだが、本作ではまだポップ色は薄く、初期プログレッシブ・ロックの影響を色濃く感じさせる音楽性が展開されている。
レコード会社A&Mの後押しのもと、メンバーは1年以上に及ぶ制作期間と充実した予算を得て、スイスの田舎にこもってこのアルバムを完成させた。
バンド名の由来となったウィリアム・ヘンリー・デイヴィスの著書『The Autobiography of a Super-Tramp』の精神も反映されており、放浪、疎外、理想と現実の乖離といったテーマが根底にある。
リチャード・パーマーによる詩的で難解な歌詞、ロジャー・ホジソンとリック・デイヴィスの多彩な楽曲群、クラシックやジャズの素養を感じさせるアレンジメントなど、バンドの原型が既に垣間見える作品である。
商業的には成功しなかったものの、その実験精神と美学は、Supertrampというバンドの本質を示す静かな原点と言える。
全曲レビュー
1. Surely
アルバムの幕開けを飾る短いピアノ小品。
穏やかなメロディと“Surely there’s a way I could please you”というフレーズが、すでに“満たされなさ”を示唆している。
このテーマはアルバムを通して繰り返し現れる。
2. It’s a Long Road
フォーク・ロックとプログレの融合ともいえる構成で、静かなイントロから徐々に展開する。
“人生は長い道のり”というテーマのもと、語り口調のヴォーカルと緻密なアレンジが心に残る。
ホジソンの繊細なメロディセンスと、バンド全体のストイックな演奏が魅力的である。
3. Aubade and I Am Not Like Other Birds of Prey
“Aubade”は夜明けを告げる詩の形式であり、本作ではそれに続く形で物語的に配置されている。
後半の“I Am Not Like Other Birds of Prey”では、孤独と反骨の姿勢が詩的に描かれ、メランコリックなハーモニーとともに深い印象を残す。
4. Words Unspoken
アコースティックなサウンドに乗せて語られる内省的なバラード。
“言葉にならない想い”を主題とし、その無力感と痛みを音楽で補完しようとする試みが感じられる。
ホジソンのナイーヴな感性が際立つ楽曲である。
5. Maybe I’m a Beggar
中盤からドラマティックに展開するスイート形式の一曲。
貧しさや社会的疎外を主題にしつつ、音楽的にはクラシックのような構成力が光る。
パイプオルガンやストリングス風のアレンジなど、初期プログレに通じる要素が満載である。
6. Home Again
再び“Surely”のテーマに回帰するような穏やかな小品。
メロディは柔らかく、歌詞は内省的。“帰る場所”の意味を問うような静けさが印象的。
7. Nothing to Show
アルバムの中では比較的ロック色が強く、アップテンポで演奏される楽曲。
しかしながらテーマは相変わらず、“人生に何も示せない自分”という存在論的な問いかけ。
ピアノとギターの応酬が美しく、技巧性と感情がうまく融合している。
8. Shadow Song
本作でもっとも幻想的な雰囲気を持つ楽曲。
影（Shadow）というモチーフを通して、自己の不安や過去の記憶を詩的に描いている。
不安定なコード進行と柔らかい旋律が、夢と現実のあわいを表現する。
9. Try Again
10分を超える大作であり、アルバムの核をなすプログレッシブな組曲。
人生における“再挑戦”の物語が、変拍子、転調、複数のパートで構成される音の旅として展開される。
Supertrampの音楽的野心とストーリーテリングの手腕が最も凝縮された楽曲である。
10. Surely (Reprise)
冒頭のテーマが再び現れ、アルバムを静かに閉じる。
円環的構成により、“旅の終わりと始まり”という哲学的な余韻を残す終幕となっている。
総評
『Supertramp』は、商業的には成功を収めなかったものの、バンドの哲学的根幹と音楽的素養が詰まった“静かな決意表明”ともいえる作品である。
後年のポップ・ロック路線とは一線を画し、孤独、疎外、不安といった人間の内的風景を、詩的で繊細な音像とともに描いている。
また、ストリングスやオルガン、クラシカルな構成といったアレンジ面でも、プログレッシブ・ロックとしての完成度が非常に高い。
言葉少なで寡黙なサウンドの中に、“生きるとは何か”“どこへ行くのか”といった根源的な問いが込められており、静かに、しかし深くリスナーの内面を揺さぶる。
デビュー作としては異例の完成度を誇りながらも、その静謐さゆえに当時のマーケットでは理解されにくかった本作。
しかし今、Supertrampというバンドの誠実さと野心を知るうえで、この作品に耳を傾けることの意味は決して小さくない。
おすすめアルバム（5枚）
- Genesis – Trespass (1970)
詩的で牧歌的なプログレ・サウンドと、内省的な世界観が共鳴する。 - Caravan – If I Could Do It All Over Again, I’d Do It All Over You (1970)
同じく英国カンタベリー系の叙情と幻想を持った初期プログレ作品。 - King Crimson – In the Wake of Poseidon (1970)
陰影のあるサウンドスケープと文学的な歌詞。Supertramp初期との思想的親和性がある。 - Barclay James Harvest – Barclay James Harvest (1970)
クラシックとロックの融合を目指した同時代の英国バンド。デビュー作としての構造美が共通。 - Anthony Phillips – The Geese and the Ghost (1977)
繊細なアコースティックと詩情が融合した、叙情派プログレの名作。
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