発売日: 1970年12月18日
ジャンル: グラム・ロック、フォークロック、サイケデリック・ポップ
概要
『T. Rex』は、マーク・ボラン率いるTyrannosaurus Rexが“電化”とともにT. Rexへとバンド名を改め、1970年にリリースした転機のアルバムである。
それまでのアコースティックなサイケ・フォークからエレクトリックなグラム・ロックへの橋渡しとなる本作は、T. Rexの新たなスタイルを提示すると同時に、1970年代グラム・ロックの幕開けを告げる作品ともなった。
エレキ・ギターの導入、ドラムの存在感の増大、そしてエレガントでエロティックなロックンロール――このすべてが、マーク・ボランという詩人とパフォーマーの進化を裏付けている。
プロデュースはトニー・ヴィスコンティ。ストリングスやホーンのアレンジも洗練され、グラム期以降のT. Rexに見られる“豪奢で幻想的なロック絵巻”の原型がすでに見て取れる。
本作は、シングル「Ride a White Swan」のヒットにより注目を集め、のちの『Electric Warrior』(1971年)へと続く“黄金時代”の序章として機能した。
“詩的ファンタジー”と“エレクトリック・ブギー”の交錯点に生まれた、きらめく過渡期の名盤である。
全曲レビュー
1. The Children of Rarn
アルバムの幕開けを飾る30秒ほどの短いイントロダクション。
幻想的なメロディとリバーブの効いたボーカルが、アルバム全体の神秘的なトーンを提示する。
この“Rarn”という架空の世界観は、ボランが紡ぐ神話の序章である。
2. Jewel
エレキ・ギターのザラついた音色が支配する、初期T. Rexにしては異例のロック・ナンバー。
「私は君の宝石だ」と歌うフレーズは、ボラン特有の倒錯と美意識が濃厚に滲む。
ヴォーカルのフェティッシュな語り口も印象的。
3. The Visit
アコースティック主体のフォーク寄りナンバー。
牧歌的なメロディに乗せて、誰かとの“訪問”を夢想する詩的なリリックが展開される。
過去のTyrannosaurus Rexの名残が最も強く残る一曲。
4. Childe
ボランの低音ボーカルが印象的なバラードで、幻想と内省が交錯する。
「少年(Childe)」という中世風の表現が、アルバム全体の寓話性と神秘性を高めている。
5. The Time of Love Is Now
短くもメロディアスな一編。
ストリングスが織りなす優雅なアレンジが、メロウな歌声とともに心地よい浮遊感をもたらす。
“今こそ愛の時”という直球のメッセージに、どこか祈りにも似た純粋さが宿る。
6. Diamond Meadows
穏やかでドリーミーなアコースティック・ナンバー。
“ダイアモンドの草原”という美しい幻想世界が、ボランの繊細な歌唱によって現実感を帯びる。
終盤のメロディラインがとても優雅で、アルバム屈指の美曲。
7. Root of Star
やや実験色のある短編。
リズムと詩がせめぎ合うような構成で、サイケフォーク的要素とグラム的な演劇性が交差する。
“星の根”という表現に、宇宙的スケールの神話性を感じさせる。
8. Beltane Walk
本作中で最もポップでロックンロール色の強いナンバー。
ブギー・スタイルのギターリフと、ボランの粘っこいヴォーカルが心地よい中毒性を生む。
のちのT. Rexサウンドを象徴する楽曲であり、シングルとしてもヒットした。
9. Is It Love?
しっとりとしたメロディの中に不穏さと儚さが漂う。
愛に対する問いかけを静かに綴るボランの声が、やや物悲しい余韻を残す。
構成もシンプルで、詩そのものが主役となる楽曲。
10. One Inch Rock
再録曲だが、オリジナルよりもパンチのある演奏が印象的。
アコースティック・ブギーとしての魅力は健在で、スキャット風のフレージングが聴きどころ。
11. Summer Deep
ジャジーなピアノが導入される異色作。
“夏の深み”という抽象的なタイトル通り、明るさと陰影が交差する構成が特徴的。
70年代初頭の英国的なサイケデリアが残るサウンド。
12. Seagull Woman
アシッド・フォークとグラム・ロックが同居したような中間的ナンバー。
“カモメの女”という幻想的な表現がボランらしい神秘性を放つ。
中毒性のあるギターリフも印象的。
13. Suneye
やや宗教的、あるいは精神世界的とも思える雰囲気のある楽曲。
太陽と目という象徴の重なりが、ボラン独特のオカルティックな詩世界を体現している。
短くも濃密な一編。
14. The Wizard
サイケフォーク時代の魔法使いモチーフが最後に復活。
アルバムの終わりを飾るにふさわしい、内省的で寓話的なアコースティック・ナンバー。
ボランの詩的エスプリが凝縮されている。
総評
『T. Rex』は、マーク・ボランというアーティストが“フォークの夢想家”から“グラム・ロックの詩人”へと生まれ変わる、その最も繊細で豊かな変貌の瞬間を封じ込めたアルバムである。
全体としてはまだアコースティック色が強く、前作までのTyrannosaurus Rex的要素を色濃く残しているが、その中にエレクトリック・ブギーの萌芽が確かに息づいており、のちの『Electric Warrior』への滑らかな橋渡しとなっている。
幻想文学や神秘思想に根ざした詩世界、リズムと言葉の戯れ、そしてヴォーカルの語りかけるような親密さ──それらはすでにT. Rex以外の何ものでもなく、グラム・ロックの“身体性と神話性”という二面性を予感させる。
ポップでありながら深遠、軽やかでありながら神秘的。
本作は、70年代初頭のロンドンの空気と、マーク・ボランという“唯一無二の存在”の内面が共鳴した、美しい過渡期の記録なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- David Bowie – Hunky Dory (1971)
詩的世界とポップの接点。ボランとの文学的共鳴を感じさせる作品。 - Donovan – Hurdy Gurdy Man (1968)
幻想フォークの系譜にあり、ボラン初期の影響源としても重要。 - Electric Light Orchestra – Eldorado (1974)
神話とポップ、オーケストレーションの融合という意味での精神的後継。 - Marc Bolan – The Beginning of Doves (1974)
Tyrannosaurus Rex期の未発表音源集で、本作以前の詩的世界が味わえる。 - Roxy Music – Roxy Music (1972)
グラムの耽美性とアート性が融合した、もう一つの異端的デビュー作。
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