1. 歌詞の概要
「Wonderland」は、スコットランドのロック・バンド、Big Countryが1984年1月にシングルとしてリリースした楽曲であり、同年の米国盤『The Crossing』再発版などにボーナストラックとして収録されたことからも分かる通り、当時のバンドにとって非常に重要なスタンドアローン・シングルである。
タイトルの「Wonderland（ワンダーランド）」が象徴するのは、理想と現実の境界で揺れる心の風景である。この曲における“ワンダーランド”は、アリスが迷い込んだような魔法の世界ではなく、喪失感や孤独の果てに現れる、現実から乖離した想像上の避難場所のように描かれる。愛を失ったあとに、かつての幸福がまるで“夢だったかのように”思える――そんな儚くも切実な感情が、歌詞の端々から滲み出している。
歌詞は抽象的ながらも、失われた関係、愛の余韻、そして今はもう届かないものへの追憶を描いており、Big Countryが得意とする“風景と感情の融合”がここでも遺憾なく発揮されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Wonderland」は、アルバム未収録のシングルとしてリリースされながら、UKチャートでは8位まで上昇し、バンドの商業的成功を支える要となった楽曲である。
当時のBig Countryは、デビュー作『The Crossing』によって英国ロックシーンに鮮烈な登場を果たしていたが、「Wonderland」はその勢いを保ちつつ、より洗練されたメロディセンスとポップな感覚を強めたシングルとして登場した。特にギターの音作りには拍車がかかり、バグパイプのような特徴的なトーンはそのままに、より明確で伸びやかな旋律が印象的である。
ミック・ジョーンズやU2のエッジといった同時代のギタリストと比較されることも多いスチュアート・アダムソンのプレイは、この曲においても叙情性と高揚感を絶妙なバランスで共存させており、彼の表現力の高さを物語っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Wonderland」の印象的な歌詞を抜粋し、和訳を添える。
If you could see me now
→ 今の僕を君が見たらどう思うだろうかI hope that I’m the kind of man
→ 僕は今、あの頃の僕でいられているだろうかThat you would turn to
→ 君が再び心を向けてくれるような男にAnd I’m lost in a wonderland
→ 僕は今、“ワンダーランド”に迷い込んでしまったI’m lost in your wonderland
→ 君という“ワンダーランド”の中で迷子なんだ
引用元：Genius Lyrics – Big Country “Wonderland”
このように、“ワンダーランド”は逃避の象徴でありながら、同時に記憶や未練がこだまする内的空間でもある。現実から取り残された者が、それでもなお何かを探し続けている姿が胸を打つ。
4. 歌詞の考察
「Wonderland」は、Big Countryの楽曲の中でも特に個人的な内省が色濃く出ている一曲である。
歌詞に登場する語り手は、かつて愛した誰かへの思いを抱えながら、時間と現実に引き裂かれてしまったその関係を、心の中で繰り返し反芻している。その結果生まれた“ワンダーランド”とは、彼にとっての救いであり、同時に呪縛でもある。
この曲が美しいのは、その“ワンダーランド”が完全なる幻想ではなく、かつて存在した現実の延長線上にあるからだ。過去の幸福と哀しみが重なり合い、もう戻れないと知りながらも、どこかで「もしかしたら」を願ってしまう――その感情の揺らぎこそが、「Wonderland」を単なる失恋ソング以上の深みに引き上げている。
また、ギターの旋律が空間的で風通しの良い音を奏でていることも、感情の“流れ”や“解放”を感じさせる一因となっており、風景と心情が溶け合うような聴覚体験が可能になる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Man on the Moon by R.E.M.
ノスタルジーと不条理が混在する中で、ユーモアと哀愁を織り交ぜる手法が共通。 - Brothers in Arms by Dire Straits
ギターの旋律と孤独な語りが深く響き合う、孤高のバラッド。 - This Is the Day by The The
日常と希望、諦念のあいだに揺れる感情を鮮やかに描いた80年代ポップの傑作。 -
Boys Don’t Cry by The Cure
感情を抑えることで逆に露わになる悲しみを描いた、ポストパンクの古典。 -
The Killing Moon by Echo & the Bunnymen
運命と幻想、夜と愛――「Wonderland」に通じる幻想美と余韻のある構成。
6. “幻想”としての現実、そして音楽
「Wonderland」は、夢と現実の境界に漂うような感覚を音楽化した作品である。
スチュアート・アダムソンが描き出す“ワンダーランド”は、ファンタジーでもユートピアでもなく、むしろ人が現実の喪失を受け入れるために一度立ち寄る“心の通過地点”のような場所なのかもしれない。
現実は時に冷たく、愛は時にすれ違う。それでも、その痕跡が確かに存在した証として、「Wonderland」は聴く者の記憶と共鳴する。音楽は決して現実を変えることはできないかもしれないが、その現実を「どう記憶するか」「どう生き抜くか」を導く灯になりうる。
「Wonderland」はまさにそうした灯である。失われたものの中に残る温もりを、過去と共に未来へと運ぶ音楽。その幻想の中にこそ、私たちは自分自身を見出すのだ。
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