1. 歌詞の概要
「Walking on Your Hands」は、Red Lorry Yellow Lorry（レッド・ローリー・イエロー・ローリー）が1989年にリリースしたアルバム『Blow』に収録されている楽曲である。彼らのダークで緊張感に満ちたポストパンク／ゴシック・ロック的スタイルが、この時期に少しずつ変化を見せ始めた中で、この楽曲はその過渡的な美しさと痛烈さを併せ持つ作品である。
タイトルにある「Walking on Your Hands（手で歩く）」という不自然な行為は、社会の中での疎外感、自分を保つための苦しい姿勢、あるいは本当の自己を裏返しにして生きるような苦悩を象徴している。歌詞は抽象的で詩的な表現が多く、直接的な物語性を持つわけではないが、そのぶんリスナーの想像力を掻き立てる余白が残されている。
曲全体に漂うのは、静かに蓄積された怒りと、言葉にならない哀しみ。激しくも抑制されたサウンドの中で、語り手は「歩く」という基本的行為すら“裏返し”にするような、異常な状況の中に自らを置いている。その異様さが、そのままこの楽曲の“痛みのリアリズム”となって響くのだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Red Lorry Yellow Lorryは、1980年代前半から後半にかけてイギリスのゴシック・ポストパンクシーンで独自の存在感を放っていたバンドである。初期の作品ではミニマルかつインダストリアルな質感の強いサウンドを展開していたが、1989年の『Blow』ではよりメロディアスで空間的なサウンドへとシフトしつつあった。
「Walking on Your Hands」はまさにその変化のなかで生まれた楽曲であり、依然として沈鬱で影のある雰囲気を保ちながらも、ギターの鳴りやヴォーカルの表情に“感情”の広がりを感じさせる作品となっている。
歌詞についての詳しい解釈は公式にはあまり語られていないが、多くのファンや評論家の間では、この曲が“社会的不安”や“自我の分裂”、“孤独の自己内省”をテーマにしているとされる。特に「何かが常に間違っている」という感覚──日常がどこかずれて感じられる、その違和感の感性がこの楽曲の核をなしている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞は反復と省略が多く、感情の流れをストレートに描くというよりも、フレーズが積み重なることで“心のかたち”を浮かび上がらせていく。以下は印象的な一節である：
Walking on your hands
手で歩くことThat’s the way you live
それが君の生き方だ
この短いラインの中には、普通ではない方法で日々を過ごしている人物像が描かれる。立って歩くことが許されない世界、あるいは自分がそれを選ばざるを得なかった心の内側。それは外的要因からの強制かもしれず、自発的な選択かもしれないが、いずれにしても“自然”ではいられない苦しさが読み取れる。
No one sees the pain
誰もその痛みに気づかないThey laugh instead
むしろ彼らは笑う
この部分では、痛みが可視化されず、むしろ嘲笑の対象となっている状況が描かれる。他者の無関心や誤解、それによってますます孤立していく人間の姿。現代の“見えない苦しみ”を象徴しているようでもある。
（出典：Genius（※未掲載の可能性があるため、公式リリース・ライナーノーツまたはファンベースに基づく解釈））
4. 歌詞の考察
「Walking on Your Hands」は、比喩的な構造によって“異質であること”の本質に迫る楽曲である。世の中の“普通”という型に自分を無理に当てはめようとした結果、人はしばしば自分自身をねじり、裏返し、逆さまにしてでも生き抜こうとする。
この曲が描くのは、そうした“反転した生き方”の感覚であり、何かに強制されて自分を曲げている人物、あるいは自分の意思で社会から距離を取っている人物の姿だ。その選択が正しいかどうかは問題ではない。ただ、その姿があまりにも歪で、痛ましく、それでいて美しい──そこにこの曲の核心がある。
また、歌詞の断片性や反復、メロディの繰り返しなどは、精神的な“強迫性”や“内なる声のエコー”のようでもあり、感情が堂々巡りする様子を見事に音像化している。まさに、ポストパンクというジャンルが得意とする“感情の映像化”がこの楽曲には詰まっているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Silent Hedges by Bauhaus
心の奥に潜む恐れや不安を静かに暴く、ゴシックロックの名曲。感情の抑圧がテーマとして共通。 - Shine by The Chameleons
崩れそうなアイデンティティを、広がりあるギターサウンドとともに描く80年代ポストパンクの名作。 - She’s in Parties by Bauhaus
感情の虚無と崩壊を、華やかさと対比させて表現した楽曲。Red Lorry Yellow Lorryの冷たさと共鳴する部分がある。 - The Figurehead by The Cure
自己否定と諦念の美学を極限まで突き詰めた楽曲。絶望的な情景描写が「Walking on Your Hands」と親和性が高い。
6. 視点の反転：内省とポストパンクの交差点
「Walking on Your Hands」は、Red Lorry Yellow Lorryが1980年代の終わりに向けて提示した“自己内省の極北”とも言える楽曲である。社会に適応しようとするあまり、自分の形を歪めること──それは今の時代においても、決して他人事ではない。
この曲の持つ美しさは、“わかりやすさ”を捨て、“感じるしかない”世界を提示しているところにある。皮肉や怒りではなく、もっと静かな抵抗、もっと内側から滲むような悲しみが、リフの繰り返しとヴォーカルの乾いた質感に凝縮されている。
Red Lorry Yellow Lorryの「Walking on Your Hands」は、“逆さまのままでしか生きられない人間”の哀しみと強さを描いた、ポストパンクの隠れた傑作である。誰にも理解されず、それでも手で歩き続けるという姿は、不格好で、痛々しく、しかし限りなく人間らしい。だからこそ、この曲は静かに、しかし深く、私たちの心に刺さるのだ。
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