ロンドンの街に生まれ、1970年代初頭のグラムロック・ムーブメントを牽引し、ポップな感性と妖艶なステージパフォーマンスで世界を熱狂させたバンド、それがT. Rexである。
中心人物であるマーク・ボランの妖精じみたカリスマ性と、きらびやかなファッション、そしてキャッチーなロックンロールに満ちた楽曲は、後のパンクやニュー・ウェーヴ、さらにはビジュアル重視のアーティストにまで多大な影響を与えてきた。
ここでは、T. Rexというバンドの結成から華やかな黄金期、そして音楽シーンに刻んだ特別な足跡をあらためて辿ってみよう。
結成と背景
T. Rexの源流をたどると、1960年代後半にマーク・ボランが率いていたTyrannosaurus Rexというフォーク色の強いデュオに行き着く。
当初はアコースティック楽器を主体とし、やや神秘的・幻想的な歌詞やメロディを奏でる“サイケ・フォーク”のスタイルだった。
しかし、時代の変化とともにボランの興味はよりエレクトリックでロックンロール的なサウンドへと傾き、1970年頃にバンド名を短縮して“T. Rex”を名乗るようになる。
イギリスのロックシーンでは、ローリング・ストーンズやデヴィッド・ボウイが実験的かつ華麗なスタイルを打ち出す中で、T. Rexはグラムロックという“きらびやかさとロックンロール”を掛け合わせた新たな潮流に乗り、独自のポップ感で瞬く間に多くのファンを獲得していったのである。
サウンドの特徴――“エレクトリック・フォーク”から“グラムロック”へ
Tyrannosaurus Rex時代は、ボランの繊細なボーカルと、控えめなパーカッションを伴うフォーク寄りの編成が印象的だった。
その延長線上にありながら、T. Rexへの改名後はエレクトリックギターを大胆に取り入れ、よりロックらしい歪みやリズム感を強調するサウンドへと変貌を遂げる。
ここにボランの甘く妖しいボーカルと、簡潔ながらも中毒性のあるギターリフが重なり、グラムロックのアイコンとしての姿を確立していったのだ。
曲作りのポイントとしては、コンパクトなポップ・ソングの中にブルースやロカビリーのエッセンスが潜んでおり、その上で妖精めいた詞やボラン特有のメロディセンスが光を放っている。
派手なメイクや衣装と相まって、ステージでは“儚げな妖精がエレクトリックギターをかき鳴らす”という独特の世界観が出来上がり、多くの若者を熱狂させた。
代表曲とアルバム
「Ride a White Swan」（1970年）
T. Rex名義での最初期のヒット曲であり、バンドの方向性を象徴する転換点となったナンバー。
フォーク的な要素を少し残しつつも、ポップで軽快なリズムとエレクトリックな演出が特徴的で、一気にチャート上位へ駆け上がった。
これがきっかけでT. Rexは国民的バンドへの道を歩み始めたのだ。
「Get It On」（1971年）
アルバム『Electric Warrior』に収録された大ヒット曲で、米国では「Bang a Gong (Get It On)」と改題されリリース。
ボランのセクシーでルーズなボーカルと、ゆるやかにドライブするギターリフが融合した一曲であり、グラムロック期を代表するアンセムとして多くのロックファンに愛され続けている。
当時のチャートを席巻し、T. Rexの名を世界的に広めた大きな要因とも言えるだろう。
「Telegram Sam」（1972年）
アルバム『The Slider』収録で、グラムロック期の勢いをそのまま映し出すアップテンポなロックナンバー。
印象的なギターリフとボランのやや鼻にかかった独特の歌声が際立ち、ファンからの支持も厚い。
T. Rexの持つ“ポップとロックの狭間を突き進む”魅力が端的に表れた楽曲といえる。
『Electric Warrior』（1971年）
バンドを代表する名盤であり、グラムロックを語る上でも外せない作品。
「Get It On」を筆頭に、ブルージーでセクシーな雰囲気と、ポップなメロディセンスが融合した曲が並ぶ。
サウンドプロデュースを手がけたトニー・ヴィスコンティの手腕も冴え、温かみある音像の中にバンドのエネルギーが詰め込まれている。
グラムロックのピークと衰退
1970年代初頭はT. Rexの全盛期であり、デヴィッド・ボウイやスレイド、スウィートらと共にグラムロック・シーンを盛り上げた。
T. Rexは、マーク・ボランがメディアで“ティーンのアイドル”として扱われるほどの人気を獲得し、“T. Rextasy（ティー・レックステイシー）”と呼ばれる社会現象が起こるまでに至った。
しかし、その華やかな人気は長く続かなかった。
グラムロックそのものが時代の移り変わりとともに勢いを失いはじめ、やがてパンクの台頭やディスコブームに押され、T. Rexのシングル売上やアルバムのチャートアクションも下降線を辿る。
メンバーの交代や、ボラン自身の創作面での行き詰まりも加わり、かつての圧倒的な存在感を維持するのは困難となったのだ。
マーク・ボランの死とレガシー
グラムロックが衰退の道を進む中、マーク・ボランは新たな音楽性の模索を始め、“パンクやニュー・ウェーヴ”のアーティストを支援する動きも見せていた。
実際、テレビ番組などで後進のバンドと共演し、新たな方向性を探る姿勢を示していた時期もある。
しかし、1977年9月、ボランは自動車事故により29歳の若さで突然この世を去る。
その死はファンや音楽仲間に衝撃をもたらし、グラムロックの象徴的存在であったT. Rexは事実上終焉を迎えた。
とはいえ、ボランの遺した音楽は時を超えて愛され、後世のアーティストにも大きな影響を与え続けることになる。
後世への影響
T. Rexのシンプルなギターリフと色気のあるボーカルスタイルは、パンク・ニューウェーヴ勢や、1980年代のグラムメタル・バンドにも確かな痕跡を残している。
特にマーク・ボランのスター性に憧れたアーティストは多く、デヴィッド・シルヴィアン（ジャパン）やジョニー・ライドン（ピストルズ時代にボランの番組に出演）、ボノ（U2）などが、そのカリスマ性に言及している例がある。
曲「Get It On」や「Children of the Revolution」などは、多数のミュージシャンによってカバーされ続け、現在もさまざまなシーンで使われる定番ナンバーだ。
グラムロックが再評価されるたびに、T. Rexやボランの存在は“革命的にポップでありながらファンタジック”な音楽性の先駆者としてクローズアップされるのだ。
オリジナルエピソードや逸話
- “T. Rextasy”現象 1970年代のイギリスでは“T. Rex”がチャート上位を独占し、ボランの写真が雑誌の表紙を飾るなど、ビートルズに匹敵するほどのアイドル的人気を博した。 この過熱ぶりが“ティー・レックステイシー”と呼ばれ、ファンの熱狂とメディアの注目が一挙に集中した時代を物語っている。
- 「Metal Guru」での発言 「Metal Guru」は“神秘的存在”を意味するとボラン本人が語り、インタビューでは“自分の音楽はロックンロールを新しく彩り、神秘を付与するもの”という趣旨のコメントを残している。 ボランの音楽観と世界観を端的に示すエピソードといえるだろう。
- 事故当日の状況 ボランは普段から自動車の運転が得意ではなく、“自分で運転することはないだろう”と公言していたが、偶然の不運が重なり他界してしまった。 事故が起きた場所には小さな慰霊碑が建てられ、今でもファンが花などを供える姿が見られるという。
まとめ――時代を華やかに彩り、今も生きる“電気の妖精”の音楽
T. Rexは、サイケデリック・フォークからエレクトリック・グラムロックへと華麗に変身し、短いながらも強烈なインパクトを70年代初頭のロックシーンに刻み付けた。
マーク・ボランの不世出のカリスマ性と妖艶な歌声、そしてポップとロックを軽やかに融合させるセンスが、イギリス国内だけでなく世界の若者の心を掴んだのだ。
「Get It On」「20th Century Boy」「Children of the Revolution」などの名曲は、グラムロックを代表するアンセムとして今なお輝きを放ち、カバーされたり映画・CMに使用されたりと、世代を超えて愛されている。
ボランの突然の死によってその物語は突然閉ざされてしまったが、T. Rexが残した音楽とスタイルは多くのアーティストに深い影響を与え、のちのグラムメタルやポップロックの根幹を支えているとも言えよう。
もしT. Rexを聴くなら、まずは『Electric Warrior』から入ってみるのがおすすめだ。
そこには妖しくも甘美なサウンド、ロマンチックなコード進行、そしてボランの甘いボーカルが詰まっており、グラムロックの醍醐味を存分に味わえるはずだ。
そして、そこから聴こえてくるのは、ただ派手なだけではない、どこか叙情的でファンタジックな“電気の妖精”の歌――マーク・ボランの魂そのものではないだろうか。
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