
発売日: 1981年11月2日
ジャンル: ノイズ・ロック、ガレージ・ロック、プロト・グランジ
制御不能のエネルギー——Neil Youngが放った、混沌と機械のロック・リアクター
『Re·ac·tor』は、Neil YoungがCrazy Horseとともに1981年にリリースした12作目のスタジオ・アルバムであり、初期グランジやローファイ美学の先駆けとされる、轟音と退屈がせめぎ合う異色作である。
タイトルの“Re·ac·tor”は原子炉(Reactor)を意味するが、“Re-act(再び行動する)”や“Actor(演じる者)”といった言葉の断片も含まれており、感情と行動の暴発、音と言葉の衝突を予感させるタイトルとなっている。
本作は、息子ベンの重度の障害を受け止めながら制作された時期の作品でもあり、ヤングの精神状態は荒れ、音楽的にも社会的にも一切の整合性や繊細さを拒むような“荒々しさ”が支配している。
全曲レビュー
1. Opera Star
オペラ歌手に恋をするロックスターの物語?——だがそこには芸術と大衆性、名声と空虚のアイロニーが込められている。歪んだギターとリズムの反復が“ズレた恋”の世界観を演出。
2. Surfer Joe and Moe the Sleaze
サーフ・カルチャーと音楽業界の腐敗を戯画的に描いたユーモラスなナンバー。誰がヒーローで、誰が搾取者なのか?という皮肉に満ちた風刺歌。
3. T-Bone
ヤング史上最もミニマルで挑発的な曲のひとつ。「Ain’t got no T-bone」だけを繰り返す10分間の執拗なリフレインは、反復の暴力と退屈の臨界点を体感させる。ノイズと構造の破壊的遊戯。
4. Get Back on It
ロカビリー風の陽気なナンバーに乗せて、立ち直りと現実逃避の交錯を軽妙に描く。軽快なビートに反して、歌詞のユーモアには不穏な影が潜む。
5. Southern Pacific
鉄道員の老いと労働の物語を、疾走するギターに乗せて描くアメリカン・ブルーカラーへの讃歌とレクイエム。力強いが切ない。
6. Motor City
アメリカ自動車産業の黄昏と、アメリカン・ドリームの崩壊を皮肉るトラック。ヤングの中にある“機械への愛と不信”が露呈する一曲。
7. Rapid Transit
ノイズとパーカッションが錯綜するスピーディなナンバー。都市化と情報化社会の混乱を、爆走するサウンドに託したような曲構成。
8. Shots
本作のエンディングにして、暴力、戦争、日常的破壊をサイレンと銃声とともに描いたヤング屈指の狂気的傑作。ギターのノイズは感情の爆発であり、社会の末期症状を可聴化したような音の奔流。
総評
『Re·ac·tor』は、Neil Youngがポップ性も芸術性も意図的に捨て去り、ノイズと反復、倦怠と怒りだけで構成した“ロックの暴走機関車”のようなアルバムである。
構成はラフで、曲によってはメッセージもほとんど明示されない。だがそこにあるのは、制御不能な状況に直面した一人の人間が、それでも音を鳴らし続けるしかなかったという“生々しすぎる現実”である。
商業的には失敗作とされ、当時の批評家からも評価は低かったが、のちにSonic YouthやDinosaur Jr.、Nirvanaといったノイズ〜グランジ世代に多大な影響を与える“ラフで正直な美学”の先駆けとして再評価されることとなった。
つまりこのアルバムは、時代が追いつくまで理解されなかった、真に時代を先取りした作品なのである。
おすすめアルバム
-
Weld / Neil Young & Crazy Horse
荒々しいギターと社会批評が炸裂するライヴ・アルバム。『Re·ac·tor』の延長線として最適。 -
Sister / Sonic Youth
ノイズと詩性の融合という意味で、ヤングの後継的ポジションにあるオルタナティヴ名盤。 -
In on the Kill Taker / Fugazi
政治性とエネルギーが衝突するポスト・ハードコアの傑作。『Shots』の衝動と近似。 -
Mirror Ball / Neil Young & Pearl Jam
グランジ世代との共演で再燃したヤングのラウド美学。ノイズと情念の結合が本作と通じる。 -
Pink Flag / Wire
反復と削ぎ落としのロック美学。『T-Bone』的ミニマリズムと通底するポスト・パンク古典。
コメント