アルバムレビュー：Plectrumelectrum by プリンス（Prince）

発売日: 2014年9月30日
ジャンル: ファンク・ロック、サイケデリック・ロック、ハード・ポップ

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
制作の裏側

概要

『Plectrumelectrum』は、2014年にリリースされたプリンス晩年の重要作であり、彼が新たに結成した女性3人組バンド3RDEYEGIRLと共に制作したバンド・サウンド中心のアルバムである。
この作品は同日に発表されたR&B寄りのソロ作『Art Official Age』と対を成し、プリンスの二面性――肉体的グルーヴと精神的高揚――を明確に描き分けた一作として位置づけられる。

タイトルの「Plectrumelectrum」は“ピック（plectrum）＋エレクトリック（electrum）”の造語で、ギターを媒介とした電気的な衝動を象徴している。
つまり、本作はプリンスがバンドと共に生演奏のエネルギーを再確認し、改めて**「バンドとしてのロック」**に回帰した記録なのだ。

録音はすべてアナログ機材を用い、ほぼワンテイクで収録された。
プリンスはこの時期、インターネット配信やデジタル化が進む音楽業界にあえて逆行し、生音の熱と即興性を取り戻そうとしていた。
その結果、『Plectrumelectrum』はファンクでもポップでもなく、むしろ**“バンドが鳴らすロック・アルバム”**として最も肉体的なプリンス像を映し出している。

全曲レビュー

1. WOW

オープニングを飾るのは、ディストーションに包まれたサイケデリック・ファンク。
3RDEYEGIRLのメンバー、ハンナ・フォードのドラムが炸裂し、プリンスのギターがうねりを上げる。
「Wow」という叫びがそのまま音楽の衝動を表しており、アルバム全体のエネルギーを象徴する導入である。

2. PRETZELBODYLOGIC

ファズ・ギターと跳ねるベースラインが絡み合うハード・ファンク・ロック。
タイトルの通り、“体がプリッツェルのようにねじれる”という比喩を使い、音楽の官能的な躍動を描く。
ライブでも定番となり、バンドのケミストリーが最も鮮烈に発揮されたナンバーである。

3. AINTTURNINAROUND

3RDEYEGIRLのドナ・グラントがリード・ヴォーカルを務める。
女性の視点から歌われるこの曲は、プリンス作品としては珍しい構成だが、バンドとの対等な関係性を示している。
80年代のニューウェイヴ的なポップ感覚と現代的な歪みが融合している。

4. Plectrumelectrum

アルバムのタイトル曲にしてインストゥルメンタル。
重厚なリフとリズムのせめぎ合いが圧倒的で、70年代ハードロックへのオマージュとして聴ける。
ジミ・ヘンドリックスを思わせるフレーズが随所に散りばめられ、プリンスのギター奏者としての力量を改めて印象づける。

5. WHITECAPS

ハンナ・フォードの柔らかなヴォーカルが主役を担う穏やかな曲。
穏やかなギター・アルペジオが波のように広がり、ロックバンドとしての多様性を示す。
「白波（whitecaps）」というタイトルには、ツアー生活と感情の波を重ねたメタファーが込められている。

6. FIXURLIFEUP

アルバム中でもっとも社会的メッセージが強い曲。
「自分の人生を他人に直してもらうな」というメッセージが繰り返され、若者への直接的な呼びかけのようにも響く。
ギターの音像は荒々しく、まるでガレージ・ロックのような粗削りさが逆に痛快だ。

7. BOYTROUBLE (feat. Lizzo)

ラッパーのLizzoが参加した先鋭的なトラック。
ファンクとヒップホップが融合した異色曲で、後年のLizzoの成功を先取りしているかのようだ。
女性の自立と欲望をテーマにしつつも、音楽的には軽妙なユーモアに満ちている。

8. STOPTHISTRAIN

ゆるやかなテンポのギター・バラードで、時間の流れと老いを静かに見つめる。
タイトルの「この列車を止めてくれ」は、プリンス自身の内省とも読める。
3RDEYEGIRLのコーラスが優しく包み込み、アルバムの中盤に穏やかな息を吹き込む。

9. ANOTHERLOVE

アニカ・ニルスのボーカルによるカヴァー曲で、プリンスが選曲・アレンジを手がけた。
エモーショナルなギターソロが炸裂し、バンドの実力を極限まで引き出す演奏が展開される。
プリンスの影響を受けた現代R&Bを逆に自分の手に取り戻したような力強さがある。

10. TICTACTOE

淡く浮遊するようなギターと囁くようなヴォーカル。
時間や記憶をテーマにしたドリーミーなトラックで、静謐な夜の空気を閉じ込めたようなサウンドスケープが美しい。
アルバムの中でも最も瞑想的な瞬間を提供する。

11. MARZ

2分足らずのショート・チューンだが、圧倒的な勢いとパンク的衝動に満ちている。
「Marz」という幻想的な地名を舞台に、若き日の焦燥と自由が爆発する。
バンドサウンドの一体感がそのまま青春の疾走感として響く。

12. FUNKNROLL

アルバムのクロージングを飾る祝祭的トラック。
「ファンクとロックを踊れ！」というメッセージがそのままタイトルになっており、プリンスの音楽哲学そのものを凝縮している。
この曲は『Art Official Age』にも別ミックスで収録されており、二作の連関を象徴している。

総評

『Plectrumelectrum』は、プリンスがバンドと共に音楽の原初的な力を再確認した作品である。
電子音を極限まで排除し、あえてアナログ機材と一発録りにこだわった本作は、ファンク・ロックの生々しさと即興性を全面に押し出している。

このアルバムは、彼が常に主張してきた「音楽は共同体的な行為である」という思想の具現化でもある。
3RDEYEGIRLという新たなバンドとともに、彼はステージ上の“瞬間の魔法”をそのままスタジオに封じ込めたのだ。
特に『Sign o’ the Times』や『Purple Rain』以来のバンド・アンサンブルへの回帰は、ファンにとって待望の動きだった。

ロック的ダイナミズムと女性的感性の融合は、本作の最大の魅力である。
彼は自らのカリスマを前面に出すよりも、バンドのメンバーに自由を与え、**「共鳴する音」**としての音楽を追求している。
これはプリンスのキャリアの中でも異色でありながら、晩年における創造的再生の象徴ともいえる。

また、同時期のもう一枚『Art Official Age』がデジタルR&B的な音響美を探求していたのに対し、『Plectrumelectrum』は肉体・生音・共鳴の世界。
ふたつを合わせて聴くことで、プリンスが晩年に描いた“二重の音楽的宇宙”がより鮮明に浮かび上がる。

その意味で、『Plectrumelectrum』は単なる復古的ロックではなく、生演奏の意義を再定義した21世紀のファンク・ロック宣言なのだ。

制作の裏側

『Plectrumelectrum』は、ミネアポリスのペイズリー・パーク・スタジオで、プリンスと3RDEYEGIRLの三人――ドナ・グラント（ギター）、ハンナ・フォード（ドラム）、アイダ・ニールセン（ベース）によって録音された。
レコーディングは極めてライブ感重視で、オーバーダブは最小限。
プリンスは「録音とは、今この瞬間の空気を残すことだ」と語り、即興演奏をそのまま作品化した。

また、彼は本作を“女性たちのエネルギーと音楽的自立を祝うアルバム”と位置づけていた。
実際、彼はステージでも「女性ミュージシャンが真の主役になれる時代」を強く意識していた。
その姿勢は、後年の音楽シーンにおける女性ロッカーの台頭にも通じる影響を与えたといえる。

『Plectrumelectrum』は単なるバンド作品ではない。
それは、**プリンスが最後に見せた“音楽共同体の理想像”**であり、ロックという形式を通じて彼が再び世界と共鳴した瞬間の記録なのだ。