発売日: 2001年10月8日
ジャンル: インディーロック、オルタナティヴ・ロック、アートポップ
概要
『People Are Expensive』は、Echobellyが2001年に自主レーベルFry Upからリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、
メジャー・シーンから距離を置きながら、自身の美学と哲学を深く掘り下げた“精神的再出発”の作品である。
前作『Lustra』で示した内省と音響的洗練をさらに押し進めた本作は、
ギター中心のサウンドから、より静謐で余白を意識したアレンジへと移行し、
ポップさやキャッチーさよりも“言葉”と“空気感”を重視した構造が特徴的。
アルバムタイトル「People Are Expensive（人は高くつく）」は、
単に経済的なコストではなく、人間関係に伴う感情的な代償や労力の複雑さを詩的に示唆している。
結果として本作は、ブリットポップ時代に抱かれていた“Echobellyらしさ”とは一線を画すが、
自己表現の深化という意味において、バンドにとってもっとも重要な転機であり、
静かなる到達点でもある。
全曲レビュー
1. Fear of Flying
“飛ぶことへの恐れ”をテーマにしたミディアムナンバー。
タイトルはアメリカ作家エリカ・ジョングのフェミニズム文学とも重なり、
解放への欲望と不安の狭間で揺れる感情を繊細に描く。
2. Tell Me Why
優しげなイントロから展開するメロディアスな楽曲。
“なぜ？”という問いかけが繰り返される歌詞は、社会的暴力や無関心に対する子どものような純粋な疑問として響く。
3. Down to Earth
リアルで地に足のついた視点を歌ったタイトル曲的存在。
現実との対峙と受容をテーマに、精神の着地感覚を描く抑制されたサウンドが印象的。
4. People Are Expensive
アルバムの核心を担うタイトルトラック。
人間関係のコストや複雑さ、そしてそれでも人と関わらずにいられない“人間という存在の矛盾”を、静謐で重厚なサウンドで表現する。
5. Digit
“数字化された社会”をメタファーに、人間性の希薄化を批判する楽曲。
ミニマルで電子音的な要素を取り入れ、現代性に接続する試みが際立っている。
6. You Started a Fire in the Heart of a Wasted Life
アルバム中最も叙情的で詩的なタイトルを持つバラード。
“無駄な人生に火をつけた”という表現が、再生と出会いの衝撃を鮮やかに語る名曲。
7. Pieces
バラバラになったものたちを見つめる視線。
再構築と断片化の間で揺れる心情を、穏やかなメロディに乗せて紡ぐ、内面的な名曲。
8. Point Dume
アメリカ・カリフォルニアの地名をタイトルにしたインストゥルメンタル。
映像的で浮遊感のあるアレンジがアルバムの空気をリセットするような役割を果たす。
9. Kali Yuga (Reprise)
前作『Lustra』収録曲の再解釈。
ヒンドゥーの破壊と再生の時代“カリ・ユガ”というモチーフが、ここではさらに静かな形で浄化される。
10. Everything Is All
“すべては在る”というタイトルが示すように、
混沌の中でも何かが存在し続けるという、仏教的諦観にも似た静けさを湛えた終曲。
総評
『People Are Expensive』は、派手なサウンドやメディア的な露出ではなく、
音楽を“語り”と“呼吸”の芸術として再定義しようとしたEchobellyの成熟した到達点である。
この作品では、もはや痛烈な皮肉もポップな棘も存在しない。
代わりにあるのは、傷ついたままの声で語る静かな意志と、
人と人との間に横たわる沈黙や摩擦に対する、深いまなざしである。
Sonya Madanのリリックは、明確なプロテストから、
もっと曖昧で複雑で、名づけがたい心象に向けて語られるようになった。
それは“成熟”という言葉の意味を、音楽として示した稀有な記録であり、
同時にこの時代のEchobellyが、他のどのUKバンドとも違う方向を選び取ったことの証明でもある。
おすすめアルバム
- Portishead / Dummy
静謐さと内省、そして痛みのある美しさが共鳴する作品。 - Heather Nova / South
個人的な感情と音楽の柔らかさを融合させた女性SSWの名盤。 - Radiohead / Amnesiac
曖昧さと抽象を受け入れる音楽の在り方としての比較対象。 - Sarah McLachlan / Surfacing
繊細で内省的なリリックとアレンジが近しい。 -
Beth Orton / Daybreaker
フォークとエレクトロニカを融合し、静かな情熱を湛える作品。
歌詞の深読みと文化的背景
『People Are Expensive』のリリックは、20世紀の終わりと21世紀の始まりにおける“人間の希薄化”や“関係性の脆さ”を、
ポリティカルでもドラマティックでもなく、静かで瞑想的な視点から語るという特徴を持つ。
「Tell Me Why」の“なぜ”は、世界の不条理を問いながらも、それに対する怒声ではなく、
“それでも人は人を求めてしまう”という根本的な寂しさを浮き彫りにしている。
また、タイトル曲「People Are Expensive」や「Digit」では、
社会と人の関係が記号化され、数値化されていく時代において、
人間性をどう取り戻すか、あるいはそれが可能なのかという問いが潜在している。
それらは現代を生きる私たちが直面する問題でもあり、
このアルバムが20年以上経った今なお聴き手に“考えさせる”力を持ち続けている理由でもある。
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