発売日: 2021年2月5日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、ダンス・ロック
概要
『Medicine at Midnight』は、フー・ファイターズが2021年に発表した通算10作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのキャリアの中でも最も軽やかで、最も異色なロック作品である。
パンデミック直前に完成し、1年近くリリースを延期したこのアルバムは、
重苦しい時代に「光をもたらすロック」をテーマに制作された。
デイヴ・グロールは当時のインタビューでこう語っている。
“これは『Let’s Dance』時代のボウイやプリンスのようなアルバムだ。
ロックが踊れることを、もう一度証明したかった。”
つまり本作は、フー・ファイターズが25年のキャリアを経て挑んだ**“ダンスフロアのロックンロール”なのだ。
サウンドはよりリズミカルで、ファンクやブルース、ポップスの要素を多く含む。
過去の“轟音と激情”とは異なり、グルーヴとフィーリングを重視した夜のムード漂うアルバム**に仕上がっている。
全曲レビュー
1. Making a Fire
軽快なリズムと女性コーラスによるソウルフルな幕開け。
“新しい炎を起こせ”というタイトル通り、再出発の喜びとエネルギーが詰まった曲だ。
ポップな構成ながら、バンドの厚い演奏がしっかりと支える。
2. Shame Shame
本作を象徴するリードシングル。
ミニマルなリズムと官能的なベースラインが異彩を放つ。
従来のフー・ファイターズのスタイルを大きく逸脱した、R&B的グルーヴの実験曲である。
夜の都会を漂うような不穏さとセクシュアリティを兼ね備えた異色作。
3. Cloudspotter
ファンクとガレージロックが融合したアップテンポ・チューン。
リズムの刻み方やギターのカッティングに70年代の影響が見える。
グロールが“プリンスやクイーンに影響を受けた”と語ったのも納得の、ロックンロール・ダンスの完成形。
4. Waiting on a War
アルバムの中核をなすエモーショナルなバラード。
デイヴが娘から「戦争が起きるの？」と問われた実話をもとに書いた。
静かなアコースティックから始まり、後半で一気にバンドサウンドが爆発する構成。
この曲は、世代を超える不安と希望の交錯を見事に描いている。
5. Medicine at Midnight
タイトル曲にして、アルバムのコンセプトを凝縮したファンクロック。
グルーヴィーなベース、跳ねるドラム、そして妖艶なヴォーカル。
まるでデヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』の現代版のようだ。
“真夜中の薬”とは、疲弊した心を癒す音楽そのものを意味している。
6. No Son of Mine
モーターヘッドやAC/DCを彷彿とさせるストレートなハードロック。
アルバムの中では最も攻撃的で、デイヴらしいパンク魂が光る。
宗教的偽善を批判する歌詞が痛烈で、社会派ロックの側面も健在だ。
7. Holding Poison
ブルース・ロック的なリフとファルセット気味のコーラスが印象的。
“毒を握ったまま離せない”というフレーズが、人間の弱さを象徴する。
リズムのキレが抜群で、ライヴでの映えも強い。
8. Chasing Birds
穏やかでメランコリックなミッドテンポ曲。
アルバム中で最も優しく、最も内省的。
“鳥を追いかける”という比喩は、夢や自由を求める純粋さを表す。
グロールの柔らかな声が、夜明け前の静けさを描くように響く。
9. Love Dies Young
アルバムを締めくくる疾走感あふれるロック・ナンバー。
“愛は早く死ぬ”というタイトルながら、むしろ生きる喜びに満ちたサウンド。
ブライアン・メイを思わせるギター・ハーモニーが印象的で、
ラストにふさわしい高揚感と余韻を残す。
総評
『Medicine at Midnight』は、フー・ファイターズがロックバンドとして新しい身体性を獲得した作品である。
彼らはこれまで、怒りや情熱を“叩きつけるようなサウンド”で表現してきた。
しかし本作では、ビートとグルーヴを主体に据え、
**“体で感じるロック”**へとアプローチを変えている。
サウンド面では、プロデューサーのグレッグ・カースティン（前作『Concrete and Gold』と同じ）が再び参加し、
ポップとロックの融合をさらに進化させた。
ミックスは艶やかで、リズムセクションの輪郭が強調されており、
「踊れるフー・ファイターズ」という新境地を確立している。
歌詞面では、世界の混乱と個人の不安が交錯する中で、
“音楽は薬のように人を癒せるか”というテーマが一貫している。
これはパンデミックという現実を前に、
グロールが音楽の存在意義を改めて問うた作品でもある。
全体としては、従来のファンにはやや軽く感じられる部分もあるかもしれないが、
その裏にある人間的な温かさと希望のメッセージこそが本作の核だ。
フー・ファイターズは怒りから愛へ、叫びから微笑みへと進化した。
それは彼らが“戦うロックバンド”から“生きるためのロックバンド”へと変化した証なのだ。
おすすめアルバム
- Concrete and Gold / Foo Fighters (2017)
サウンドの厚みと構築美。前作としての文脈を知ると理解が深まる。 - Wasting Light / Foo Fighters (2011)
ロックの原点回帰。本作の明快さのルーツがここにある。 - Let’s Dance / David Bowie (1983)
『Medicine at Midnight』の明確な影響源。ファンクとロックの融合。 - A Bigger Bang / The Rolling Stones (2005)
大人のロックの艶やかさと余裕を共有する作品。 - Songs for the Deaf / Queens of the Stone Age (2002)
グロールのハードロック的側面を知るための対照的な1枚。
制作の裏側
『Medicine at Midnight』は、ロサンゼルス郊外の古い邸宅を改装したプライベート・スタジオで録音された。
その家には「奇妙な現象がたびたび起きた」とバンドは語り、
後にこのエピソードが**ホラー映画『Studio 666』（2022）**の着想源となった。
制作は2020年初頭に完了していたが、パンデミックの影響で発表が延期。
世界が閉ざされた1年の間、グロールはこのアルバムを「希望の種」として温め続けたという。
デイヴ・グロールは語る。
“このアルバムは、悲しい時代を少しでも踊り抜けるための薬だった。
音楽ができることはそれだけで十分だと思った。”
『Medicine at Midnight』は、
世界的な不安の中で生まれた**“夜に効くロック”であり、
闇の時代に灯った静かで力強い光**なのだ。
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