発売日: 2010年9月28日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アンビエント・ロック、ソロ・ギター
音の迷宮で独り歌う——Neil Young、轟音と沈黙のあいだに立つ孤独な声
『Le Noise』は、Neil Youngが2010年に発表した30作目のスタジオ・アルバムであり、全編エレクトリック・ギター弾き語りという異例のフォーマットに、ダニエル・ラノワのプロダクションによる“音の幽玄”を加えた、極めて実験的かつ深遠な作品である。
Crazy Horseの爆音でもなく、『Harvest』系のアコースティックな優しさでもない。
ここにはただ一人のヤングが、残響と歪みの中で自らの記憶、怒り、希望、孤独と向き合う姿が刻まれている。
アルバムタイトル“Le Noise”は、プロデューサーのラノワ（Lanois）と“Noise”を掛けた造語であり、ノイズそのものを“感情”として提示するヤングの意思が象徴されている。
全曲レビュー
1. Walk with Me
冒頭から重低音のリバーブとディレイが支配する“音の荒野”。「共に歩んでくれ」と繰り返すフレーズが、まるで宇宙に向けた祈りのように響く。
2. Sign of Love
若き日々と愛の記憶を回想する穏やかな楽曲。だがその背景にはディレイ処理されたギターが不穏に漂い、ノスタルジアに幻影の影が差す。
3. Someone’s Gonna Rescue You
誰かが救ってくれる——その言葉が虚ろに響く現代へのアイロニー。ヤングの声がギターの波にのまれながら浮かび上がる、皮肉なバラード。
4. Love and War
本作中もっとも直接的で静謐なメッセージ・ソング。愛と戦争を歌ってきた自らの過去を振り返り、言葉の力と限界を噛み締めるような名曲。
5. Angry World
グラミー賞も受賞した、骨太なブルース・ナンバー。“怒れる世界”というタイトルそのままに、荒れ狂うギターと吐き出される詞が鋭く突き刺さる。
6. Hitchhiker
1980年代から存在した幻の名曲が、ついにここで公式録音。ドラッグ、ツアー、人生の断片をリズミカルに連ねる告白的叙事詩。
7. Peaceful Valley Boulevard
人類の歴史と自然破壊をめぐる壮大な物語を、ギターのノイズとともに語る9分超の叙景詩。 “静かな谷”が最後には神話のように変貌してゆく。
8. Rumblin’
“胸の奥で何かが鳴っている”という感覚を、抽象的な言葉とギターの轟音で描く。 アルバムを締めくくる“内なる地鳴り”。
総評
『Le Noise』は、Neil Youngという存在の“声”と“ギター”のみを、最大限の深度で掘り下げた音の肖像画である。
伝統的なソングライティングから一歩離れ、エコー、歪み、沈黙、そして反復という“音響”そのものが、感情を語り始めている。
本作は“聴く”というより“没入する”音楽であり、ヤングのキャリアのなかでも最も個人的で、最も実験的な領域に属する。
それでもなお、そこに響く言葉とメロディは驚くほどシンプルで、あくまで“歌うこと”への執着と信念が、作品の芯を貫いている。
おすすめアルバム
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Dead Man (Soundtrack) / Neil Young
ギターひとつで宇宙を描いたようなインスト・アルバム。『Le Noise』の前身的作品。 -
Tonight’s the Night / Neil Young
壊れたままの演奏と感情の記録。『Le Noise』の精神的祖型ともいえる。 -
Time Out of Mind / Bob Dylan
老境の孤独と反復による音の詩学。深い共鳴を感じる一枚。 -
Apollo: Atmospheres and Soundtracks / Brian Eno
アンビエントと情感が共存する空間音楽。音響の感覚的共通性がある。 -
Sound of Silver / LCD Soundsystem
ノスタルジーと音の反復をポップに昇華した現代の“音響的自叙伝”。
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