発売日: 1995年
ジャンル: インディーポップ、ネオモッズ、ローファイ、ギターポップ
概要
『I Was a Mod Before You Was a Mod』は、Television Personalitiesが1995年に発表した7作目のスタジオ・アルバムであり、過去へのノスタルジー、自己否定と再確認、そして静かなる誇りが入り混じる“最後のモッド宣言”とも言える一枚である。
タイトルの「俺はお前がモッズになる前からモッズだったんだ」は、モッド・カルチャーの一員としての自負であると同時に、その“様式”が空洞化していく時代への痛烈な皮肉として機能している。
本作は1990年代半ば、ブリットポップの台頭と再評価の波が訪れる中で制作され、ダン・トレイシーの音楽観と存在意義が再び浮かび上がった時期の重要作となった。
とはいえ、そのサウンドはあくまでTelevision Personalitiesらしくローファイで誠実、華やかな外連味とは無縁である。
録音はアメリカ・テキサスで行われ、プロダクションはややクリアになったものの、パーソナルでざらついた歌声とナイーヴなギターワークは健在。
アルバム全体を通して、過去を愛しながらもそれに囚われない、哀しくも潔いまなざしが貫かれている。
全曲レビュー
1. As John Belushi Said
コメディアン、ジョン・ベルーシの名前を冠した皮肉と哀愁のオープニング。
死とユーモア、社会と芸術の関係を、トレイシーらしい寓話調の歌詞と淡々とした演奏で描く。
始まりから“モッドの死”を暗示するかのような知的な一曲。
2. I Was a Mod Before You Was a Mod
タイトル曲にしてアルバムの精神的核。
ユーモアと誇り、自嘲と哀しみを込めた名曲であり、トレイシーのアイデンティティと芸術的スタンスの表明といえる。
疾走感のあるビートとメロディの甘さが対比的で美しい。
3. Little Woody Allen
“リトル・ウディ・アレン”という奇妙なイメージのキャラソング。
文化アイコンへのオマージュと同時に、芸術と孤独、アイロニーの関係を投影している。
短くも含意の深い小品。
4. A Long Time Gone
失われた時間と人間関係をテーマにしたスローなバラード。
“長いあいだ遠くにいた”という表現が、現実からの乖離や精神的孤立を象徴する。
静かな演奏が胸に沁みる。
5. Evan Doesn’t Ring Me Anymore
友情あるいは恋愛の終焉を淡々と語る一曲。
“エヴァンはもう電話をくれない”という日常の小さな出来事が、世界との断絶を感じさせるほどの重みを持つ。
トレイシー特有の叙情性が光る。
6. Things Have Changed (Since I Was a Girl)
性の越境、時間の感覚の歪み、そしてアイデンティティの揺らぎを込めた哲学的ポップ。
ジェンダーや記憶といったテーマを、さりげないユーモアと共に描く試みが印象深い。
7. Haunted
アルバム中でも最も不穏で内省的な一曲。
過去の影に取り憑かれたまま生きる感覚を、“幽霊”のメタファーで静かに描写する。
薄暗くも優しいメロディが、トレイシーの壊れかけた心情を包み込む。
8. I Can See My Whole World Crashing Down
そのまま感情を剥き出しにしたようなタイトル。
“世界が崩れ落ちる”という歌詞に、自伝的な絶望と演劇的な誇張が絶妙に混ざる。
演奏は軽やかだが、心は重い。
9. I Hope You Have a Nice Day
『Closer to God』にも登場した名バラードの再録バージョン。
前作よりも穏やかで感傷的なアレンジとなっており、“日常の幸せ”を祈る歌としての美しさが強調されている。
10. This Time There Is No Happy Ending
タイトルからして強烈な諦念が漂う楽曲。
“今度ばかりはハッピーエンドじゃない”という言葉が、現実と創作の境界を溶かしていく。
静かに幕を閉じる終盤の余韻が、聴き手の心に残る。
総評
『I Was a Mod Before You Was a Mod』は、Television Personalitiesが自らのアイデンティティを再確認しながらも、それを軽々と笑い飛ばすこともできる“余白の美学”を体現した作品である。
ここには怒りも悲しみもあるが、すべてがどこか柔らかく、孤独と親密さの中間でふわふわと漂っている。
ロンドンの灰色の空の下で、過去のサブカルチャーと個人的な記憶を抱きしめるように紡がれたこのアルバムは、時代遅れを装ったまま、実は最も“今”を見つめていた音楽なのかもしれない。
おすすめアルバム(5枚)
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