
発売日: 2014年10月27日
ジャンル: パンク・ロック、ストリート・パンク、スカ
概要
『…Honor Is All We Know』は、ランシドが2014年にリリースした通算8作目のスタジオ・アルバムであり、
デビューから20年以上を経たバンドが再び原点=ストリート・パンク精神に立ち返った作品である。
タイトルの「Honor Is All We Know(名誉こそ、俺たちのすべて)」が象徴するように、本作にはランシドの信念、友情、そして誇りが凝縮されている。
社会的メッセージよりも、今回はより**“バンド自身の生き方”に焦点が当てられ、
かつての激しさをそのままに、年齢を重ねた今だからこそ鳴らせる誠実で揺るぎないパンク**が展開されている。
プロデューサーはお馴染みブレット・ガーウィッツ(Brett Gurewitz)。
レーベルはエピタフ傘下のヘルキャット・レコード。
録音はカリフォルニア州バークレーにて行われ、音作りは極めてシンプルで**“90年代Rancidサウンド”**への回帰が意識されている。
前作『Let the Dominoes Fall』(2009)から5年。
その間、メンバーは個々の活動を続けつつも再び集結し、
「もう一度、ストリートから鳴らすべき音」を明確にした。
それが『…Honor Is All We Know』という、成熟と若さが共存する再宣言のアルバムである。
全曲レビュー
1. Back Where I Belong
オープニング曲にしてアルバムのテーマそのもの。
タイトル通り「俺は帰ってきた」とティム・アームストロングが高らかに歌う。
ギターの歪み、マット・フリーマンの跳ねるベース、ラーズ・フレデリクセンの荒れたヴォーカル――
すべてが90年代ランシドの復活を告げている。
2. Raise Your Fist
短くストレートなパンク・アンセム。
「拳を上げろ!」というシンプルなメッセージが熱い。
暴力ではなく連帯の象徴としての“拳”――それがランシド流の社会的抵抗のかたちだ。
3. Collision Course
タイトなビートと鋭いリフが印象的なナンバー。
タイトルの“衝突軌道”が示すように、現代社会の分断や個人の葛藤を描く。
パンクの原初的怒りを再び形にしたような一曲である。
4. Evil’s My Friend
スカ・パンクの要素が光る軽快なトラック。
「悪魔も友達さ」と歌う皮肉交じりのリリックが痛快で、
過去の『Life Won’t Wait』の陽気さを思わせる。
スカとファスト・パンクの切り替えが見事。
5. Honor Is All We Know
タイトル曲にして本作の精神的中核。
「金や名声じゃなく、名誉だけが俺たちのすべてだ」と歌う。
ティム、ラーズ、マットのトリプル・ヴォーカルが一体となるシンガロングは圧巻で、
まるでバンドの“信条宣言”のような迫力を持つ。
6. A Power Inside
アンダーグラウンドな精神を貫くファスト・パンク。
30秒台のショートチューンながら、勢いと説得力に満ちている。
「力は外にじゃなく内にある」というフレーズが胸を打つ。
7. In the Streets
タイトル通りストリートをテーマにした一曲。
街角、落書き、労働者、ギャング、そして音楽――ランシドが生まれた原風景を詩的に描き出す。
East Bayの魂がそのまま鳴っている。
8. Face Up
ややメロディックなパンクナンバー。
悩みや現実に直面しても「顔を上げろ」と歌うメッセージ性が清々しい。
勢いだけでなく、成熟したポジティブさが感じられる。
9. Already Dead
ティムのダミ声とラーズの叫びが交錯する、アナーキーな爆走チューン。
「俺たちはもう死んでるような社会で生きている」という辛辣なメッセージを吐き出す。
クラシックRancidサウンドの再現度が高い。
10. Diabolical
マット・フリーマンのベースが暴れる中、重心の低いリズムで進む中盤のハイライト。
社会に潜む悪や矛盾を暴き出すような攻撃的リリック。
ギターの刻みとブレイクが絶妙に噛み合う。
11. Malfunction
短く荒っぽいファスト・ナンバー。
壊れた社会、壊れた人間関係、そして壊れかけた希望。
そのすべてを、潔い2分弱の衝動で一気に燃やし尽くす。
12. Now We’re Through with You
攻撃的なタイトルの通り、裏切りや権威に対する断固たる拒絶を示す曲。
「お前たちとはもう終わりだ」と吐き捨てるティムの声が痛快で、
まさにランシドの真骨頂と言える。
13. Everybody’s Sufferin’
スカ調のリズムが戻り、全体の緊張感を一度ほどく。
社会の苦しみを皮肉な明るさで歌う構成は、The Clashへの敬意を感じさせる。
14. Grave Digger
アルバムを締めくくる強烈なストリート・アンセム。
墓掘り人=社会の底辺を生きる者の象徴として、自分たちの誇りを重ねる。
暗いテーマをパンクのエネルギーで昇華する、重厚なエンディングである。
総評
『…Honor Is All We Know』は、ランシドがデビュー20年を迎えて放った原点回帰と信念の証明である。
2000年代後半の多様化・成熟を経て、彼らはここで再び“3コードの衝動”に立ち返った。
だがそれは単なる懐古ではない。
むしろ、年齢を重ねた彼らが再確認したのは「パンクとは何か」という生き方そのものだった。
政治や社会問題よりも、仲間、絆、誇りといった内面的価値が強く打ち出されている点で、
本作は『Let’s Go』(1994)の青春性と『Indestructible』(2003)の成熟が融合した作品といえる。
サウンド面では、粗削りなギターとアナログな録音が特徴で、どの曲も2〜3分以内に収められたタイトな構成。
そのコンパクトさがリアルタイムの勢いを閉じ込めており、
90年代パンクを知るリスナーには懐かしく、初めて聴く世代には新鮮に響く。
また、ティム・アームストロングのリリックには、長年の活動で得た視点――「誇りこそが唯一の武器」という思想が貫かれている。
それは社会的メッセージというより、人生哲学の宣言に近い。
ランシドというバンドは結局、音楽的にも思想的にも、パンクの「生き方」の象徴であり続けているのだ。
『…Honor Is All We Know』は、彼らのキャリア後期における最もストレートなアルバムであり、
“パンクが歳を取る”ことの美しさを示した貴重な記録でもある。
派手さはないが、魂の温度が一貫して高い。
それこそが、ランシドがいまもストリートの信頼を集め続ける理由である。
おすすめアルバム
- Let’s Go / Rancid (1994)
荒削りなストリート・パンクの原点。 - …And Out Come the Wolves / Rancid (1995)
メロディと社会性を兼ね備えた不朽の名作。 - Indestructible / Rancid (2003)
個人的なテーマを含む成熟した一作。 - Life Won’t Wait / Rancid (1998)
多国籍サウンドと社会的テーマの融合。 - The Clash / The Clash (1977)
ランシドの思想的・音楽的ルーツを理解するうえで不可欠。
制作の裏側
『…Honor Is All We Know』の制作は、バンド史上もっとも一体感の強いセッションとして知られている。
レコーディングは、メンバー全員が同じ部屋に入り、ライブ感をそのまま録音する形で進行。
オーバーダブや修正を極力排除し、**“汗の匂いがする音”**を残すことにこだわった。
プロデューサーのブレット・ガーウィッツは「このアルバムは、RancidがRancidである理由を再確認する儀式だった」と語っている。
実際、ティム・アームストロングは当時インタビューで「若い頃みたいに叫ぶんじゃなく、今の俺たちの声で叫ぶ」と述べており、
その言葉通り、本作は老練な反骨に満ちている。
また、アートワークにはバンドの歴史と仲間へのオマージュが散りばめられており、
ジャケットのシンプルな赤と黒の配色は“パンクの旗”を象徴している。
『…Honor Is All We Know』は、華やかさではなく、信頼と誠実さを鳴らしたアルバム。
パンクが年齢を重ねるとどうなるのか――その問いへの、ランシドなりのひとつの答えなのだ。



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