発売日: 2016年10月7日
ジャンル: ジャズ、ソウル、アコースティック・ポップ、アダルト・コンテンポラリー
夜が明ける場所へ——Norah Jones、ピアノとともに原点へと還る“静謐な夜明けのアルバム”
『Day Breaks』は、Norah Jonesが2016年にリリースした6作目のスタジオ・アルバムであり、彼女が再びピアノを中心としたジャズ的アプローチに回帰し、深い叙情と音楽的成熟を優しく描いた“夜明け”の作品である。
前作『Little Broken Hearts』でエレクトロニカ的な冒険を見せた彼女が、本作では一転して、アコースティックな質感と即興性の高い演奏、そして熟成された歌声によって“静けさの中の変化”を提示する。
伝説的なジャズ・ドラマーBrian Bladeやオルガン奏者Lonnie Smithらとの共演により、スタジオ・ライブのような親密さと躍動感が共存する作品となっており、Norah Jonesというアーティストの“現在地”を象徴する一枚である。
全曲レビュー
1. Burn
官能的なコードとミステリアスなメロディが交差するオープナー。“燃え尽きた恋”を静かに振り返る、陰影に満ちたバラード。
2. Tragedy
ピアノ・ジャズを軸にした美しいトラック。失われた愛と人生の皮肉を、優雅な旋律に乗せて語る。
3. Flipside
本作随一のソウルフルなナンバー。社会的なメッセージも含みつつ、骨太なグルーヴで進むジャズ・ファンク的楽曲。
4. It’s a Wonderful Time for Love
ノスタルジックで温かなムードのラヴソング。“今こそ恋にふさわしい”とささやく、軽やかなワルツ調。
5. And Then There Was You
内省的でミニマルな構成。愛と空白のあいだを漂うような感覚が、ピアノの余韻とともに残る。
6. Don’t Be Denied(Neil Young カバー)
Neil Youngの同名曲をカバー。自己肯定と過去への眼差しを、Norahらしいしなやかさで再解釈。
7. Day Breaks
タイトル曲。陽が昇る瞬間の静謐さと再生の希望を、美しく描いたインストゥルメンタル・ジャズ。
8. Peace
Horace Silver作のスピリチュアルなナンバー。“平和”という抽象的な概念を、祈るように奏でる。
9. Once I Had a Laugh
ラテン・フィールが漂う軽快な一曲。失われた喜びと皮肉を、ウィットを交えて描写。
10. Sleeping Wild
過去の自分を“野生の眠り”に重ねたような内面的バラード。弦楽器が入ることで映画のワンシーンのような質感を持つ。
11. Carry On
シンプルなコードと旋律。別れと再出発の瞬間を、“続けていくしかない”という言葉に込めて歌う。
12. Fleurette Africaine (African Flower)(Duke Ellington カバー)
Duke Ellingtonによる名曲をソロ・ピアノでカバー。夜明けの静けさそのものを音にした、アルバム最後の深い余韻。
総評
『Day Breaks』は、Norah Jonesが自らの原点であるピアノとジャズに再び深く向き合い、“静かな情熱”とともに表現の円熟を体現したアルバムである。
そこには奇をてらったアレンジも、過度な演出もない。ただ、音楽という対話の場で、彼女が目の前のリスナーと誠実に向き合う姿勢がある。
過去を手放さず、未来に急がず、いまこの瞬間を音に刻むこと——
それこそが、“夜明け”という時間帯が持つ特別な静けさと希望の正体であり、本作のすべての楽曲に共通する精神性である。
Norah Jonesはこの作品で、“変化すること”と“戻ること”のどちらも恐れず、音楽という場所でその両方を受け入れた。
それは成熟したアーティストがたどり着いた、静かで強い境地である。
おすすめアルバム
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Come Away With Me / Norah Jones
ジャズとポップの理想的融合。彼女の原点として聴くべき一枚。 -
Til They Bang on the Door / Lucy Woodward
ソウル・ジャズ的アプローチと女性ヴォーカルの融合が近い世界観。 -
Turn Up the Quiet / Diana Krall
ジャズ・スタンダードを再解釈した、ナイトムード漂う一枚。 -
Black Radio / Robert Glasper Experiment
現代ジャズとR&Bのクロスオーバー。Norahも客演した文脈的つながりあり。 -
Broken Social Scene Presents: Feist – Let It Die
ジャズとインディー・ポップを自然に行き来する女性アーティストの佳作。
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