1. 歌詞の概要
「Abacab」はGenesisが1981年に発表したアルバム『Abacab』のタイトル曲であり、同年シングルとしてリリースされた。全英4位、全米26位を記録し、Genesisが80年代に本格的にポップ／ニューウェーブ的な音楽性へと舵を切ったことを示す転換点の楽曲である。
歌詞は抽象的で断片的なイメージの連なりであり、明確なストーリーを語るものではない。「Abacab」という言葉自体も意味を持たない造語で、当初は曲のセクションを並べ替える際に使ったコードネームがそのままタイトルになったとされる。歌詞の内容は、人間関係の不安定さやコミュニケーションの断絶を暗示するものの、決して明示的ではなく、むしろ「掴みどころのなさ」が曲全体の魅力を形作っている。
反復されるフレーズや曖昧なイメージは、都市的な孤独感や疎外感を映し出すと同時に、時代のニューウェーブ的な感覚とも共鳴している。
2. 歌詞のバックグラウンド
1981年の『Abacab』は、Genesisにとって従来のプログレッシブ・ロックから決定的に離れ、シンプルで鋭いサウンドを導入したアルバムである。Phil Collinsがソロ活動で得たリズム重視のアプローチや、Tony Banksのシンセサイザーの多用、Mike Rutherfordのタイトなリズム・ギターとベースが合わさり、80年代的なポップ・ロックの質感を前面に押し出した。
タイトル曲「Abacab」はアルバム制作時に実験的に組み立てられた楽曲で、もともと複数のセクション（A、B、C…）を試行錯誤的に並べ替える中で生まれた。「Abacab」という言葉は、その配列の略記（A-B-A-C-A-B）に由来しているが、最終的に曲構成は変化し、この配列ではなくなったものの、タイトルだけが残った。
この曲の持つ「抽象性」と「即物的なサウンド」は、それまでのGenesisの叙事詩的な作風とは対照的であり、彼らの新しい方向性を象徴する存在となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Abacab」の一部を抜粋し、英語歌詞と和訳を併記する。
（歌詞引用：Genius）
Look up on the wall,
There on the floor,
Under the pillow,
Behind the door
壁を見上げろ、
床を見ろ、
枕の下を、
扉の後ろを
But there’s a stranger out there,
With a crowd of people laughing at his hair
だが外には見知らぬ奴がいる、
髪を笑う群衆に囲まれて
There’s no reply at all,
Just a piece of paper taped to the wall
返事はまったくない
壁に貼られた一枚の紙切れだけがある
Abacab, he’s in anywhere
Abacab, if it’s in your mind
アバカブ、彼はどこにでもいる
アバカブ、それは君の心の中に
歌詞は具体性を持たないまま、断片的なイメージで進行する。都市的な不安や孤独を示唆しつつも、言葉は多義的で解釈の余地を大きく残している。
4. 歌詞の考察
「Abacab」は、Genesisが従来の幻想的・物語的な歌詞から一転して、抽象的で断片的な詞世界を採用した象徴的な作品である。
「壁」「床」「扉の裏」といった具体的な場所の羅列は、視覚的な映像を断片的に提示しながら、聴き手に不安や探索の感覚を与える。これらは「何かを探しているが決して見つからない」という疎外感を示唆している。
「Abacab」という言葉の意味不明さは、逆に楽曲全体の核心となる。意味を持たないがゆえに、聴き手はそこに自由な解釈を投影できる。人間関係の曖昧さ、社会の無機質さ、都市生活の孤独感など、時代の空気を感じ取ることができるのだ。
音楽的には、シンプルで反復的なリズム、鋭いギターとシンセサイザーが前面に出ており、従来のプログレ的な複雑さを排除している。しかしそのミニマルさの中に「抑圧と爆発」の緊張感が込められており、むしろ80年代的なポスト・プログレの美学を体現している。
また、「Abacab」がシングルとして成功したことで、Genesisは大衆的なポップ・ロック・バンドとしての地位を固めることとなった。歌詞の抽象性と音楽の即効性が融合し、プログレとポップの境界を越える役割を果たしたと言える。
（歌詞引用：Genius）
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Mama by Genesis
不気味さとポップ性が融合した80年代Genesisを象徴する曲。 - Turn It On Again by Genesis
変拍子を用いながらポップなヒット曲となった、80年代路線の先駆け。 - In the Air Tonight by Phil Collins
シンプルでミニマルなリズムと緊張感が「Abacab」と共鳴する。 - Owner of a Lonely Heart by Yes
同じくプログレ・バンドが80年代にポップに接近し、ヒットを飛ばした例。 - Games Without Frontiers by Peter Gabriel
抽象的な歌詞とシンセを主体としたサウンドが「Abacab」と同じ時代性を持つ。
6. Genesisにとっての意義
「Abacab」は、Genesisの音楽的方向性を決定づけた画期的な曲である。Peter Gabriel期の叙事詩的なプログレから距離を置き、Phil Collins主導のポップ／ロック路線へと舵を切った象徴的な作品であった。
この楽曲がシングルとして成功したことにより、Genesisは80年代の大衆的なロック・シーンに本格的に進出することができた。歌詞は抽象的で意味不明にすら思えるが、それこそが時代の空気と共鳴し、聴き手の解釈を広げる力を持ったのだ。
結果として「Abacab」は、Genesisがプログレからポップへと変貌を遂げた瞬間を刻む記念碑的な楽曲となり、今なお彼らのキャリアを象徴する一曲として評価され続けている。
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