
発売日: 2014年11月10日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ハードロック、アメリカーナ
概要
『Sonic Highways』は、フー・ファイターズが2014年に発表した通算8作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのキャリアの中でも最もコンセプチュアルで野心的なプロジェクトである。
本作は、デイヴ・グロールが監督した同名ドキュメンタリーシリーズ(HBO放映)と連動して制作された。
彼はアメリカ各地――シカゴ、オースティン、ナッシュビル、ロサンゼルス、ニューオーリンズ、ワシントンD.C.、シアトル、ニューヨーク――
8都市を巡り、それぞれの街の音楽的遺産、文化、歴史に触れながら現地のスタジオで1曲ずつレコーディングした。
そのため、アルバムの8曲はアメリカ音楽の地図そのものであり、
ブルース、ソウル、カントリー、ハードロック、ジャズ、ゴスペルといった多彩な要素が、
フー・ファイターズ流のロック・フィルターを通して融合している。
『Sonic Highways』とはすなわち、**「音でつながるアメリカ」**の旅。
グロールが少年時代から愛した音楽――ハードコア・パンクからカントリー、スワンプ・ロックまで――を再訪し、
「自分たちはどこから来て、どこへ向かうのか」を探るロードムービー的アルバムなのだ。
全曲レビュー
1. Something from Nothing(シカゴ)
オープニングを飾るのは、ブルースとハードロックを融合した楽曲。
録音はシカゴのElectrical Audio Studiosで行われ、
ゲストにチープ・トリックのリック・ニールセンが参加している。
静かなイントロからヘヴィな爆発へ至る構成は、まさに“シカゴ・スピリット”の具現化。
歌詞の「ここからすべてが始まる」というフレーズが、アルバム全体のテーマを象徴する。
2. The Feast and the Famine(ワシントンD.C.)
グロールの故郷D.C.を舞台に、80年代ハードコアの遺伝子を蘇らせた一曲。
エネルギッシュなドラムとコーラスが炸裂し、Minor ThreatやBad Brainsのスピリットを継承している。
デイヴ自身が「自分のルーツへのラブレター」と語った楽曲。
3. Congregation(ナッシュビル)
アメリカ南部の宗教文化をテーマにしたナンバー。
録音はナッシュビルのSouthern Ground Studio、ゲストにはザック・ブラウンが参加。
“集会(Congregation)”というタイトルどおり、教会のようなコーラスワークが印象的だ。
信仰と音楽、コミュニティのつながりを感じさせる温かな曲。
4. What Did I Do? / God as My Witness(オースティン)
オースティン録音の2部構成トラック。
前半はエネルギッシュなギターロック、後半はピアノを軸にした壮大な展開へ。
地元のブルースと南部ロックの精神が融合し、
“自分の行いを神に見せる”というテーマが信仰とロックの交差点を描く。
5. Outside(ロサンゼルス)
ロサンゼルスのサニーなムードと哀愁が交錯する。
ゲストにはイーグルスのギタリスト、ジョー・ウォルシュが参加。
流麗なギターソロが大地を駆け抜けるようで、
「夢の街L.A.の裏側」を描いた歌詞がほろ苦い。
6. In the Clear(ニューオーリンズ)
ニューオーリンズの伝統を象徴するPreservation Hall Jazz Bandが参加。
ブラスセクションとロックバンドの融合が壮大で、まるで街全体が鳴っているかのよう。
カトリーナ後の再生への祈りも込められており、明るさの裏に切実な情感がある。
7. Subterranean(シアトル)
グロールの“第二の故郷”であるシアトルで録音。
サウンドガーデンやニルヴァーナの影が揺らめくような静謐なトーン。
グランジの記憶を穏やかに受け入れ、過去との和解を描いたような曲。
“Subterranean”=地下に潜むもの、つまり彼の心の奥底そのものだ。
8. I Am a River(ニューヨーク)
アルバムを締めくくる壮大なバラード。
ニューヨークのMagic Shop Studioで録音され、
ストリングスとコーラスが重なる構築美はまるで映画のエンディングのよう。
「私は川――流れ続ける存在」という比喩が、
グロール自身の音楽人生、そして“アメリカ音楽の流れ”を象徴している。
総評
『Sonic Highways』は、単なるロック・アルバムではなく、
**「アメリカ音楽史をめぐる旅の記録」**である。
フー・ファイターズはデビュー以来、自らのサウンドを常に拡張してきたが、
本作ではその根源を掘り下げる方向へ向かった。
ブルースやカントリー、ハードコアやゴスペルなど、
それぞれのジャンルの“魂”をリスペクトしながら、
それらをフー・ファイターズらしい情熱と誠実さで再構築している。
サウンド面では、これまで以上にダイナミックかつ奥行きのあるプロダクションが特徴。
特に「Something from Nothing」のギターの重層感や、
「I Am a River」におけるオーケストレーションのスケールは、
彼らの音楽的成熟を如実に示している。
一方で、曲ごとに地域性が反映されているため、
アルバムとしての統一感よりも**“多様性と旅のドキュメント性”**が際立つ。
それこそが『Sonic Highways』の核心――
「すべての音楽は、どこかで誰かとつながっている」という理念なのだ。
この作品は、“ロックが生まれた土地をもう一度巡礼する”というデイヴ・グロールの祈りでもある。
彼はニルヴァーナ以降の自分の立ち位置を改めて問い直し、
音楽の原点へ還る旅を通して、**“音楽そのものの尊厳”**を再確認したのである。
おすすめアルバム
- Wasting Light / Foo Fighters (2011)
アナログ録音による原点回帰。『Sonic Highways』の精神的前作。 - There Is Nothing Left to Lose / Foo Fighters (1999)
人間味あふれるメロディと温かさが共通する。 - Nebraska / Bruce Springsteen (1982)
アメリカの風土と人間の本質を描いた作品として対比的に聴ける。 - Songs for the Deaf / Queens of the Stone Age (2002)
ドライブ感と旅の感覚を共有する作品。 - The Rising / Bruce Springsteen (2002)
アメリカ再生の精神を描いた現代ロックの金字塔。
制作の裏側
『Sonic Highways』の制作は、アメリカ音楽そのものへの感謝と探求から始まった。
デイヴ・グロールはドキュメンタリーの中で、
各都市の音楽家――バディ・ガイ、ドリー・パートン、ウィリー・ネルソン、ジミー・ペイジ、ジョーン・ジェットなど――
にインタビューを重ね、彼らの言葉をもとに歌詞を執筆。
つまり、このアルバムのリリックは**その土地の記憶を写した“音の手紙”**なのだ。
また、全曲を異なる都市・異なるスタジオで録音するという構想は、
ツアーバンドとしてのフー・ファイターズのDNAそのもの。
デイヴは「音楽は移動によって進化する」と語り、
移動=変化、旅=成長という哲学を提示した。
『Sonic Highways』は、音楽史的にも重要な実験作である。
フー・ファイターズというロックバンドが、単なる“アリーナの象徴”を越え、
音楽の文化的継承者としての自覚を持ち始めた瞬間。
それは“ロックの地図を描き直す試み”でもあったのだ。
『Sonic Highways』――それは、デイヴ・グロールが「音の道」を辿り、
アメリカという大地の鼓動を再びロックに刻んだ、壮大な旅の記録である。



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