
発売日: 2002年10月22日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ハードロック
概要
『One by One』は、フー・ファイターズが2002年に発表した4作目のスタジオ・アルバムであり、
バンドにとって最も波乱に満ちた制作過程を経て誕生した作品である。
表面上は彼ららしいエネルギッシュなロック・サウンドを維持しながら、
その内側には崩壊寸前のバンド関係と、デイヴ・グロールの自己再生が刻まれている。
前作『There Is Nothing Left to Lose』(1999)でグラミーを受賞し、順風満帆に見えたフー・ファイターズだったが、
2001年頃には創作の停滞とメンバー間の不和が顕在化。
特に、ドラマー出身のデイヴ・グロールが当時**クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ(QOTSA)**のアルバム『Songs for the Deaf』に参加したことで、
内部のバランスが崩れ、バンドは一時的に活動停止状態となる。
そんな混乱の中で生まれた『One by One』は、
まさに**“壊れかけた絆を再構築するためのロック”**であり、
燃え尽きた人間が再び立ち上がる瞬間の緊張感に満ちている。
サウンド面では、初期の荒々しさと中期以降のメロディアスな構築性が融合し、
特にギターの厚みとリズムのタイトさが際立つ。
プロデューサーには再びニック・ラスクリニクスが参加し、
スタジオ録音としては最も生々しく、情念のこもったアルバムに仕上がった。
全曲レビュー
1. All My Life
アルバムの幕開けを告げる圧倒的なキラーチューン。
静かなイントロから爆発するギターリフは、まるで怒りと快楽が混ざり合ったような音の奔流だ。
「誰かを求める」という歌詞の裏には、創作への渇望と生の実感が込められている。
グラミー受賞も納得の一曲であり、彼らの代表曲の一つ。
2. Low
重く歪んだギターと反復的なリフが支配するダーク・トラック。
『Songs for the Deaf』期のQOTSA的なグルーヴも感じられる。
デイヴのシャウトが、破壊衝動と自己嫌悪の間を行き来しており、アルバムの闇の核を象徴する。
3. Have It All
疾走感あふれるロック・チューン。
タイトル通り「すべてを手に入れろ」という挑発的なフレーズが繰り返されるが、
その裏には“本当に欲しいものは何か”という問いが潜む。
焦燥と開き直りが同居する、この時期のグロールの心情を体現した曲。
4. Times Like These
本作のもう一つの代表曲にして、フー・ファイターズの人生賛歌。
「こんな時代だからこそ、自分を取り戻すんだ」というメッセージが温かく響く。
優しくも力強いメロディが、多くの人々に希望を与えた。
バンド再生の象徴であり、ライブでは常に観客と一体になる名曲だ。
5. Disenchanted Lullaby
幻想的なギターのイントロから始まるバラード。
“幻滅した子守唄”というタイトルが示す通り、静寂と悲しみの間で揺れる曲。
グロールのボーカルが抑制されながらも深い情感を伝える。
アルバム中でも最も内省的でメランコリックなトラック。
6. Tired of You
トム・ペティのギタリスト、マイク・キャンベルが参加したアコースティック寄りの楽曲。
しなやかなギターラインが印象的で、激しさの中にも憂いが漂う。
疲弊した心を癒すような穏やかな曲調が、アルバムのバランスを整えている。
7. Halo
メロディアスでややポップなトーンを持つ。
“光輪(Halo)”というタイトルには、失われた信仰や希望の再生を暗示する。
サビの高揚感が圧巻で、ライブでの一体感を意識した構成になっている。
8. Lonely as You
ミドルテンポのロック・バラード。
「孤独なお前と同じだ」と語りかけるようなリリックが印象的。
グロールの低音から高音への伸びがドラマチックで、感情の振幅が最も大きい楽曲のひとつ。
9. Overdrive
スピーディで明るいリズムが特徴的なギターロック。
重い曲が続いた後の“軽やかな救済”のような存在。
音的にはビートルズ的なポップセンスも感じられ、アルバム全体の流れを軽やかにする。
10. Burn Away
不穏なリズムと歪んだコードが絡み合う、やや実験的なナンバー。
タイトルの“燃え尽きる”という言葉の通り、疲弊と再生の狭間に立つデイヴの姿が浮かぶ。
終盤のギターソロは、まるで心の中の葛藤を音で描いたかのようだ。
11. Come Back
8分に及ぶ壮大なラストトラック。
静かな導入から一気に轟音へと展開し、アルバム全体のテーマ――再生と帰還――を象徴する。
サウンドの厚み、ヴォーカルの切迫感、ドラミングの躍動感。
そのすべてがフー・ファイターズというバンドの“再出発の瞬間”を見事に描き出している。
総評
『One by One』は、フー・ファイターズのキャリアの中でも最もドラマ性に富んだアルバムである。
制作過程では一度全曲を録り直すほど混迷を極め、
バンド解散の危機を乗り越えて完成した本作は、
“音楽が人を繋ぎ止める力”を体現した作品といえる。
サウンドは、初期の生々しいパンク的衝動と、
中期以降のメロディ志向のロックが絶妙に融合。
特に「All My Life」や「Times Like These」におけるギターの爆発力と構成美は、
デイヴ・グロールがロック・バンドという形式に再び信仰を取り戻した証でもある。
歌詞面では、絶望や自己嫌悪を経てなお前を向こうとする姿勢が貫かれており、
“内なる闇との和解”というテーマが静かに通底している。
このアルバムでのグロールの歌声は、もはや怒りではなく、再生の叫びなのだ。
また、『One by One』はフー・ファイターズにとって転機でもある。
この作品を経て彼らは『In Your Honor』(2005)や『Echoes, Silence, Patience & Grace』(2007)へと続く
“大人のロック”へ進化していく。
つまり本作は、激情と成熟の狭間に立つアルバムであり、
バンドの第二章を開いた重要な一枚といえる。
おすすめアルバム
- There Is Nothing Left to Lose / Foo Fighters (1999)
前作にあたる、穏やかでメロディックな名作。 - In Your Honor / Foo Fighters (2005)
アコースティックとロックを対比させた壮大な二部構成。 - Echoes, Silence, Patience & Grace / Foo Fighters (2007)
バンドの成熟を象徴する傑作。 - Songs for the Deaf / Queens of the Stone Age (2002)
同時期のデイヴ・グロールのドラムが炸裂する作品。 - Nevermind / Nirvana (1991)
グロールのルーツを知る上で不可欠なグランジの金字塔。
制作の裏側
『One by One』の制作は、フー・ファイターズ史上最も混乱したプロセスとして知られている。
当初のレコーディングは2001年に開始されたが、
メンバー間の緊張と創作の迷走により、完成した音源はデイヴ・グロール自身が「魂がない」として全て破棄。
その後、ツアーやQOTSAでの活動を経て心機一転、
わずか2週間の再録音セッションで完成したのが現在の『One by One』である。
この短期間での制作こそが、アルバムの荒々しいエネルギーを生んだ。
デイヴは当時を振り返り、「あれは俺たちの命を取り戻すための録音だった」と語っている。
また、アルバムのアートワーク――燃え上がるハートのモチーフ――は、
“壊れた心が再び燃え始める”という再生の象徴であり、
まさにこの作品全体のテーマを象徴している。
『One by One』は、
フー・ファイターズが自分たちの存在理由を取り戻した瞬間を切り取った、
痛烈で情熱的なロック・ドキュメントなのである。



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