アルバムレビュー：Zinc Alloy and the Hidden Riders of Tomorrow by T. Rex

発売日: 1974年2月1日
ジャンル: グラム・ロック、ソウル、ファンク、アートロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）

概要

『Zinc Alloy and the Hidden Riders of Tomorrow』は、T. Rexが1974年に発表した5作目のスタジオ・アルバム（Tyrannosaurus Rex時代を含めれば8作目）であり、グラム・ロックの頂点を極めたマーク・ボランが、その成功を脱構築しようと試みた最も野心的かつ実験的な作品である。

タイトルは“未来の隠された騎士たち”を意味し、Zinc Alloy（亜鉛合金）という架空の alter ego＝“もう一人のボラン”が登場する構造を持つ。
これは、ボランがデヴィッド・ボウイの“ジギー・スターダスト”に対抗するように生み出したキャラクターとも解釈され、アルバム全体にSF的でシュールなコンセプトが漂っている。

音楽的には、それまでのT. Rex的なグラム・ブギーをベースにしながら、ソウル、ファンク、ゴスペルといったブラック・ミュージックの要素を大胆に導入。
女性コーラス、ホーン・セクション、鍵盤楽器などが随所に活用され、よりゴージャスでアメリカナイズされたサウンドが追求された。

この方向性は、ボランのパートナーだったグロリア・ジョーンズ（後に「Tainted Love」の歌い手として知られる）との関係にも影響されており、彼女のソウル的センスが作品全体に色濃く反映されている。
リリース当時は賛否両論で迎えられたが、今日では“T. Rex版・ソウル・オペラ”として再評価が進んでいる。

全曲レビュー

1. Venus Loon

冒頭から混沌としたグルーヴと音の洪水に包まれる、アヴァンギャルドな開幕。
“金星のルーン”というタイトルに象徴されるように、宇宙と幻覚の世界が交錯する。

2. Sound Pit

リズムの反復と官能的なギターが特徴の、スリリングなグラム・ファンク。
“音の落とし穴”という抽象的な表現が、陶酔と危うさを兼ね備える。

3. Explosive Mouth

甘いメロディとストリングスが絡む中、タイトル通り爆発的なエネルギーが内包される。
ソウル的なコーラスとファズギターが、異なる質感を織り成す。

4. Galaxy

ボランの宇宙幻想が炸裂する、幻想的でロマンティックなバラード。
シンセとリバーブによる音響空間の広がりが秀逸。

5. Change

タイトルの通り、“変化”を象徴するような転調とスタイルの行き来が印象的。
ブルースとファンクが交差する、実験的な中間楽章。

6. Nameless Wildness

エスニックなパーカッションと不穏な旋律が絡む、儀式的な雰囲気を持つ一曲。
“名のない野性”という表現が、本作の核にある“制御不能な衝動”を暗示する。

7. Teenage Dream

アルバム中で最もメロディアスで叙情的な名曲。
グラム・ロックらしい華やかさの中に、若さへのノスタルジーと喪失感が込められている。
コーラスとストリングスが美しく交差する、バランスの取れた楽曲。

8. Liquid Gang

ファンキーなホーンが前面に出たアグレッシブなナンバー。
グルーヴとカオスの中に、ボランのパフォーマーとしての野心がうかがえる。

9. Carsmile Smith & the Old One

架空の登場人物による短編的ナンバー。
アート・ロック的な構成とストーリーテリングがユニークで、演劇的要素が強い。

10. You’ve Got to Jive to Stay Alive – Spanish Midnight

スペインの夜を舞台にしたエキゾチックなグラム・ファンク。
軽妙なリズムと語り口、そしてサイケデリックなサウンドが融合した異色の一曲。

11. Interstellar Soul

まさに“星間ソウル”というタイトル通り、宇宙とブラック・ミュージックの融合。
この曲こそ、本作の方向性を象徴する核心的楽曲である。

12. Painless Persuasion v. the Meathawk Immaculate

長く謎めいたタイトルのとおり、カオスと構成美の間を揺れる一曲。
タイトルの断絶感そのままに、音楽も不穏さと滑らかさを共存させる。

13. The Avengers (Superbad)

T. Rex流スーパーヒーロー讃歌。
“スーパー・バッド”な復讐者たちという架空の物語を、リズミカルに語る。

14. The Leopards Featuring Gardenia and the Mighty Slug

物語性とカルト性が強く出たラスト・トラック。
ボランの語りと演出力が冴えわたり、アルバム全体を締めくくるにふさわしい摩訶不思議な終焉を迎える。

総評

『Zinc Alloy and the Hidden Riders of Tomorrow』は、T. Rexがグラム・ロックのスター街道を突き進む中で、あえて“未知の領域”へと足を踏み入れた問題作である。
従来のグラム・ブギーから脱却し、ソウル、ファンク、アートロックといった新たな要素を大胆に取り入れた本作は、商業的にはやや混乱を招いたが、音楽的には非常に先進的で、多層的な魅力に満ちている。

マーク・ボランはここで、“スター”ではなく“クリエイター”としての自我を前面に出しており、リスナーに対してより能動的な想像力を求める作りになっている。
言葉遊び、サウンドの多様性、語り口の妙――それらは明らかに単なるポップ・ロックの枠を越えており、1970年代半ばという時代の“混沌と変容”をそのまま封じ込めたようなアルバムである。

初聴では理解しづらいかもしれないが、何度も聴くことで見えてくるストーリーやテーマの奥行き、音の層が次第に明らかになる。
『Zinc Alloy』は、T. Rexというバンドがロックの文法を拡張しようとした“最も過激で美しい一歩”なのだ。